燃えるハート(ソニンの連載)

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《昔に比べてなんか燃えることが少なくなったなぁ。冷めた人間になってしまったのかしら。》
なんてことを感じた事はありませんか。

若い頃はとにかくなりふり構わず部活に没頭したり、趣味を極めたいが為に無我夢中に燃えたり、好きな人と両想いになりたくて寝る暇惜しんで出来る限りの事をした。

何故あのように、「燃える」事があるときなくなったのだろう。
本当に自分は「冷めてしまった」のだろうか。

端的に結論づけると、私の意見はこうだ。
【昔の燃えてる感覚と比べてそう感じるだけで、歳をとったらとったなりのレベルがある。】

あのときは、失敗してもいいと思っていたわけではないが、そんなことよりも気持ちが優先して、ただただパワーが率先して漲(みなぎ)っては熱く燃えていた。

大人になった今は、関わってくるものや状況も違って、なかなか先を見据えず行動する事も躊躇しがちだし、結果を出さねばならない時なら尚更だ。

若い頃は経験がないから、色んな世界に可能性が満ち溢れたように見えていて、気持ちが燃え上がりやすく気合いが募りやすい。 だけど人生、経験すればするほど、そう簡単にうまくいかない事だらけなのを、沢山の挫折などで知る。だから昔のような燃え方は自(おの)ずとなくなるのだ。

例えば、結果を出さなくてはならない、成し得なくてはいけないものに対して、なかなかやる気が起きないのは、“成功しなくてはいけないというプレッシャー”が関係しているのではないだろうか。

何が成功?

与えられているものに自分の今持っている実力と経験でやれることをやるだけ。
やりたくなくて止められるなら止めたらいいし、やりたくなくてもやらねばならないならそれは仕事としてやるだけ。

そこにやる気が出ない自分に負の気持ちばかりが芽生えるのは、正直無駄なこと。
そりゃ、燃える気持ちがあってやる気に漲(みなぎ)ってた方がやり甲斐があって楽しいかもしれません。だけど全てがそうとはいきません。