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『SR サイタマノラッパー』シリーズで注目監督の仲間入りを果たし、『日々ロック』『ジョーカー・ゲーム』とメジャーロードを歩みはじめた入江悠監督。そんな入江監督の“原点回帰的”とも言えるのが、劇団イキウメの同名舞台を映画化した『太陽』(2016年4月23日公開)だ。

なぜ“原点回帰的”なのか。それは本作が、入江監督にとって長編第1作目『ジャポニカ・ウイルス』(2006)以来となるSF映画だからだ。『ジャポニカ・ウイルス』は、中国大陸から伝染してきた新種ウイルスの蔓延によって、成す術のない日本の様が描かれていた。しかし今回の『太陽』では、ウイルスに感染しながらも生き残った抗体を持つ新人類「ノクス」と、これまで通りの旧人類である「キュリオ」の二種で分断された、近未来の日本社会を映しだしている。

入江監督は「この作品はすぱっと割り切れないもの」と語る。「久しぶりに自分で編集したり、長回しでの撮影を行ったりしましたが、『サイタマノラッパー』の1作目の頃のような、もやもやとしながら感覚に戻って撮っていたんです。この映画のテーマについて、僕自身が何が正解なのか分かっていなかったから。『サイタマノラッパー』も、若者たちがラッパーになることを追求して良いのだろうかと悩みながら作っていましたから。明確な意志を見せるなら、アップで撮ったりするのですが、そうではなかったので長回しなどを使いながら、いろいろ探っていました」

イキウメの原作戯曲は震災後すぐの2011年に発表。入江監督が映画化を企画しはじめたのが2012年で、撮影は2014年末。長い期間がかかったワケだが、その間、震災後の日本は社会のスピードがどんどん早くなった。この映画のSF部分が、もはやSFに思えなくなっている。

「『サイタマノラッパー』の3作目(『ロードサイドの逃亡者』)を作っていたとき、『もう東日本大震災からは離れられない』と感じたんです。それまでは『このまま、将来がずっと続くんだな』と思っていたものが、ベコッとヘコんだ。その感触から逃れられないんです。原作そのものが、SFではありながらも、現代の社会を象徴していると思います。スティーヴン・スピルバーグ監督が『ブリッジ・オブ・スパイ』を撮ったり、アメリカの大統領選では候補者のトランプ氏が「(国境の)壁を作れ」と発言したり。この映画の脚本を書いたときは想像していなかったけど、今になっていろんなものが妙に近くなってきました」

もともと「SF映画が好き」という入江監督。その魅力は、「未来の怖さ」について想像を膨らませることができるからだという。

「今すぐロボットが人間にとって代われるようなサービス業って、あるじゃないですか。人間よりテクノロジーの進化の方が早いので。インターネットも、ここまで普及するとは思っていなかった。iPhoneの存在すら想像していなかったのに、現在では手放せなくなった。もっともっとこの先、同じようなことが起きると、人間はより後追いになってしまう。そういう意味では、ほとんどのものがフィクションかノンフィクションか分からなくなってくる。『ターミネーター』は、ヒューマノイドという人間型ロボットに地球が乗っ取られる恐怖がありましたが、当時はまだそういうことを考えることが出来たんだ、と。今や、それもフィクションではなくなっていますし。これまで僕は『サイタマノラッパー』『日々ロック』など、自分たちが生きている日常の小さな狭間にフォーカスをあてたパーソナルな作品を手がけてきましたが、もうちょっと視野を広げたいなと。10年前では想像もできなかったことが次々と起きているし、僕らが十代のときはまだまだ陽気だったアメリカも切迫している。映画監督として、10年後、20年後に世界はどうなっているんだろうということを、もっともっと違う方向から発信していきたいです」

映画『太陽』は2016年4月23日より全国公開
◇公式HPはこちら


取材/文・写真 田辺ユウキ(映画評論家)

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田辺 ユウキ
田辺 ユウキ
1979年生まれ。関西を拠点に映画評論家としてレビューやインタビューの執筆ほか、また映画と音楽のプロモーターも務める。2014年に大阪市映像事業「CO2」プロデューサー就任。「大森靖子映画祭」「いずこねこ 最後の猫トーク」などイベント企画も行う。