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東日本大震災から5年が過ぎた。ふと、これが私たちの憧れ描いた日本だったのかと思うことがある。映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』でヒロインが暮らしている東京は、クールでもなんでもない。よく分からない温度感の中で、その生き心地は気味が悪いくらいふんわりとしている。

『スワロウテイル』『リリイ・シュシュのすべて』『花とアリス』など、「現代」を映しだしてきた岩井俊二監督。しかし主人公が、いやすべての登場人物がここまでぼろぼろになっている作品は、あっただろうか。しかし、それでもなおどこかに「生きていれば何とかなりそう」と思えてしまう、根拠のない希望。もう後戻りができないところまで、来てしまっているのに。

劇中ではっきりと描写はされていないが、そこにとらえられているのは、明らかに3.11以降の日本の社会模様だ。岩井監督は「震災後から現在に至るまで、多くの人が信じていた現実は、ぐちゃぐちゃになってしまった」と語る。

「震災前は僕にとって映画が作りづらい時期だったんです。当時、KY(空気を読めない)が流行語大賞をとりました。世の中はそんなに単純ではないはずなのに、日本人の考え方は基本的に同じなのかと思えてしまったんです。同じコメディアンのネタで笑い、ひとつの考え方に同調する。その様子を僕は、病的に感じていました。
 それが震災後、KYどころか、お互いが分かり合えないことがはっきりし、ぎすぎすした社会が露呈してきた。これは震災の後遺症だと思います。今や毎月、誰かが誰かの槍玉にあがって火だるまにされ、それをみんなが見ている。そして多くの人が、それについてツイートをする。一人一人は罪が少ない言葉だったとしても、それが何百万の言葉になってその人に突き刺さる。誰かが火だるまになっている、残酷な状態が日常的に起きるようになりました。そんなとき、僕は『人はそもそも分かり合えないものだし、そうならなくてもいいんじゃないか』と考えるようになったんです。
 本作には、いろんな人物が登場しますが、どんな組み合わせをしても分かり合えそうにないですよね。束の間の共感はあるかも知れませんが。だけど、実はこういうことが人生なのかも知れません。僕らはそういう中で、笑ったり泣いたりしなきゃいけないんです。そんな気持ちが、今回の映画には反映されました」

SNSで知り合った男性と結婚した女性・七海(黒木華)。教員を目指すも内気な性格が災いしてうまくいかず、躓いてばかりだった彼女の人生に、ようやく差し込んだ光り。しかし結婚式を前に、新郎から「自分の親族の数と釣り合わないから、どうにか増やしてくれ」と指摘されたことから、何でも屋の青年・安室(綾野剛)を介して、偽装親族による代理出席サービスを利用。それをきっかけに、平穏な暮らしが傾(なだ)れていく。

正義とも悪とも判別がつかない安室。ある想いを秘めている、義母(原日出子)。結婚式の代理出席で知り合った女優(Cocco)。七海の気づかないところで、さまざまな人たちが、社会や誰かの日常を組み立てている。少しでもヒビがはいるとすぐにバランスは決壊し、波がどっと押し寄せてくる。それにいきなり巻きこまれてしまった七海。彼女は丸裸同然で過酷な現実に放り出され、流されてしまう。

「この映画には(代理出席、別れさせ屋、メイドなど)いろんなサービス業が出てきます。でもサービスにはオプションがつきもので、それが増えれば増えるほど、サービスを受ける側は家計が苦しくなり、行う側も要らない仕事が積み上がっていく。実はお互いを苦しめている。余裕があれば大丈夫だけど、今はそれができない。
 このどうにもならない社会を、自分たちが作ってしまった。『スワロウテイル』の頃から感じていましたが、東京の街を眺めていると、『飛行機のような巨大なものを誰がどうやって支えているんだろう? あの信号は? 地下に張り巡らされた無数のケーブルは? みんな少しずつお金を払って成り立っているけど、でも僕らはいったい何をどうやって支えているんだろう?』と。
 当たり前だと思っていたけど、気づいた頃には後戻りができなくなって、このシステムがいつまで持つのか不安になってきた」

岩井監督は幼少期から、社会の違和感を芽生えさせていた。集団を乱してはいけない、そんな日本らしい学校や教育のシステムに、息が詰まるような思いをしていたという。

「当時、幼稚園が定員がいっぱいで入れなかったんです。なので、“フリーター”をやっていたのですが、その時期、自分なりに遊びを考えたり、バッタを追っかけたりして、五感でモノを覚えられた。そこで僕の自我が確立されました。
 日本にはインディペンデントな精神性が根付いていないので、周りがやっていないことは、みんな怖くてできなし、やらせようとしない。日本は行列を作るのが好きですが、行列を交わす方法をちゃんと考えれば、うまくいくのに。そんなとき『学校教育は、いったい何を学ばせてきたんだろう』と思うんです。
 分かり合えない人たちが、分かり合えるような見識を学ぼうとしていたはずなのに、結局は今、こうなって分かり合えなかった。同じ教養と共通言語を共有することで、分かり合える気になっていただけ。
 疑問符だらけの日本を眺めているうちに、『リップヴァンウィンクルの花嫁』が出来上がりました。ただ、ハナっから分かってもらえないような人たちも、同じ空気を吸って、同じ空を眺めている。
 そういう意味で、同じ世界を分かち合う大切さをしっかりと感じて欲しい。僕自身、今後どのように考え方が変化していくか分かりませんが、それを映画にし続けていきたいと思います」

映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』は全国公開中
◇公式HPはこちら


取材/文・写真 田辺ユウキ(映画評論家)

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田辺 ユウキ
田辺 ユウキ
1979年生まれ。関西を拠点に映画評論家としてレビューやインタビューの執筆ほか、また映画と音楽のプロモーターも務める。2014年に大阪市映像事業「CO2」プロデューサー就任。「大森靖子映画祭」「いずこねこ 最後の猫トーク」などイベント企画も行う。