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恥じるという感情はどういうものなのだろうか。

 世の人に対し面目・名誉を失うこと。
 自分の弱点についての引け目。
 他人から受けた侮辱。

《恥ずかしい》という感情を常日頃感じてはいるのだろうけど、私自身は「恥ずかしい」という言葉を口にして実感することが少なく、果たして、自分は普段どのようなところで恥ずかしいという感情を持つのだろうかと考えてみた。

そういえば最近の出来事。現在出演中のミュージカル
《1789バスティーユの恋人たち》
フランス革命の話で、激しく踊るシーンがたくさんある。

クライマックスのシーンで、一心不乱に踊っていたら、カツラがごっそりもげる事件があった。

 カツラ自体が重いのと、自分の髪も長いので、相当なオモリを頭に付け振り回していることになるから、ありうることなのだが、とめが甘かったのか、ダンスが激しかったのか、ズレるどころではなく、がっつりパカッともげたのだ。周りのダンサーやキャストが一緒に踊っていて気づくほど、わかりやすく。

とにかく、カツラを必死で押さえながら、その場の振り付けを一通り踊り、全員交差移動の時に、そのまま進行方向の袖にはけて、応急処置していただき、さりげなく舞台に戻っていった。

 その時は“どう乗り切るか”しか考えておらず必死だったが、見にいらしたお客さまにもまんまとバレて、本当に恥ずかしいところをおみせしたなと、事故にだったにせよ、落ち込みました。

カツラがもげた瞬間、カツラだとわかっていても、観劇なさってる方はストーリーから現実に戻されるわけで。あってはならないし、自分自身もとても大切なシーンの途中で抜けてしまった悔しさもあり、恥ずかしい事件でした。 自分自身が恥ずかしいという感情よりも、これは”恥ずべき”ことでした。

そう、やはり恥という感情は他人あって生まれる感情ではないのかと思うのです。

 例えば、これもつい先日、急いでいるところを人に止められ、「ごめんね、急いでいるから後でいい?」と慌てて踏み出した途端、何かにすべって転倒したのだ。

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ソニン
ソニン
1983年高知県生まれ。2000年歌手デビューし、2003年には「高校教師」(TBS)で女優の活動を開始。舞台や映画に活動の場を広げ、現在に至る。