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ロックミュージシャン・氷室京介に6年間密着したドキュメンタリー映画『DOCUMENT OF KYOSUKE HIMURO “POSTSCRIPT”』の公開を記念して、TOHOシネマズなんば(大阪市)でトークイベントが行われ、山崎大介監督が登壇した。

2016年5月23日に東京ドームで開催された「LAST GIGS」の公演をもって、無期限のライブ活動休止に入った氷室。この日、映画館に詰めかけたのは、ほぼ全員がそのライブに足を運んだという熱狂的ファンばかり。上映後の、感極まるムードに包まれた客席を見て、山崎監督は「氷室さんの凄さを浴びまくったと思います。僕も(映画の)編集を終えたとき、みなさんのような感じでした」と振り返った。

もともと、夜のニュース番組のプロデューサーを務めていた山崎監督。2008年、氷室がデビュー20周年を迎えたとき、番組として取材の企画書を出したが、却下された。「クリエイターとしての氷室京介の面が欠けている企画書だった。氷室さんのプロモーションのことばかり考えた内容。だから、響くものがなかったんだと思います。でも、(2010年に)氷室さんが50歳を迎えたタイミングは、逃したくなかった。そこで『50にして天命を知る』というワードを思いついたのですが、それが響いたのではないでしょうか。そこで『(ロスに)おいでよ』と言ってもらえました」

初めて対面したときは、「心臓が飛び出そうだった。氷室京介って本当にいるのかどうか、というくらいの人だから。『うわ、本物だ』と思いました」とかなり緊張したという。だが、ずっと撮影をしていても「つまみだされる気配もなく、氷室さんの方から近付いてきて、『本当にいつも撮っているね、真面目なんだね。いいんだいいんだ、俺もちゃんとしなきゃね』と言ってもらえた。映画の中にもありますが、『段差があるから、気をつけて』と気配りもしてくださって。自然な形で僕らを迎えいれてくれたんです。家にもお伺いしたのですが、『斜め前はチャーリー・シーンの家だから』と言われて、とにかくすごい家でした(笑)」と氷室の懐の広さを実感したという。

「とにかくプロの部分ばかりだった」と氷室の日常について話す、山崎監督。「音楽以外のこだわりは、ファッションだと思いました。僕らが毛糸の帽子なんかをかぶっていると、『それはどこの(ブランドの)帽子?』と聞いてきたり、『あの○○っていう(ブランドの)サングラス、格好いいよね』とか。あと、シャツのボタンが空いているのが、氷室京介ですよね。着方が格好いい。それをバッと着て、ステージに行く姿は、プロレスの試合の入場みたい。ステージがリングにしか見えないんです」と語った。

全国公開の初日(2016年7月1日)の朝には、山崎監督のもとに氷室直々にメールが届いたと言い、「『ファンとの間にサンクチュアリ(神聖)な空間を作ってくれた、山崎さんに感謝しています』と書いていて、本当に嬉しかった」と氷室との6年間を噛み締めた。

映画『DOCUMENT OF KYOSUKE HIMURO “POSTSCRIPT”』は全国公開中。
◇公式HPはこちら

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田辺 ユウキ
田辺 ユウキ
1979年生まれ。関西を拠点に映画評論家としてレビューやインタビューの執筆ほか、また映画と音楽のプロモーターも務める。2014年に大阪市映像事業「CO2」プロデューサー就任。「大森靖子映画祭」「いずこねこ 最後の猫トーク」などイベント企画も行う。