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『ゆれる』『ディア・ドクター』『夢売るふたり』と善悪や白黒だけではっきり問い分けられない人間模様を描きだしてきた、西川美和監督。本木雅弘を主演に迎えて、自身の小説を映画化した『永い言い訳』(公開中)もその曖昧なポジションに立つ人間の心情に触れている。

本木演じる衣笠幸夫(キヌガササチオ)は小説家だが、長いこと作品を書けずにいて、テレビタレント活動が主になっている。この「書けない」という部分含め、彼の多くの「言い訳」が顕われてくる。

中でも、妻・夏子がバス事故で死んだとき、自分は不倫相手との情事の真っ最中だったこと。妻と過ごした最後の時間はとても虚しく、「鉄人」の異名をとる元プロ野球選手と同姓同名で生まれついた自分の気苦労を、何度目かのようにぐちぐちと語った。その一連の記憶が、「妻が死んでも泣けなかった」という幸夫の「言い訳」に繋がっていく。

まず幸夫の名前のコンプレックスについて、西川監督は「いい年になっても、まだそこにこだわっていて、自分自身の運命(さだめ)に向き合えていない人間像を見せたかった」と語る。「私自身が広島県出身ということもあるのですが、(元広島カープ選手の)衣笠祥雄さんのあのお人柄。いろんな逆境、宿命をしっかり受け止めていながらも、しかめ面の苦労人には見えず、笑顔を絶やさずにどんな人に対しても敬意を持っていらっしゃる大きなお人柄に対して、幸夫は『それに比べて俺はさあ…』というキャラクター。衣笠祥雄さんが持っているものを、すべて持っていない男。『キヌガササチオです』と自己紹介しても笑ってもらえない、そんな人間です」

妻が死んだこと。でも、悔やみ切れずにいる幸夫のごまかし。西川作品らしい、グレーゾンに生きる人間の妙な愛嬌が詰っている。一方で、白黒をはっきりとさせて真っすぐ生きているのが、幸夫に幼い子どもたちの世話を任せる大宮陽一(竹原ピストル)だ。彼の妻は、夏子の親友。同じバス事故で命を落としている。

「幸夫にとって、陽一のように屈託なく、思ったことを口に出せる人はうらやましいはず。幸夫は、本音と建前がこんがらがっている苦しさがある。陽一の(妻を亡くした)苦しみとは別のところで、それが根深い」

象徴的な場面がある。それは、人気小説家・衣笠幸夫を襲った「悲しい出来事」をドキュメンタリー番組にしようとする、テレビクルーたちのやりとりだ。幸夫は、テレビということで悲しみをうまく装う。番組スタッフも、視聴者の感動を誘うために演出を施す。両者の「嘘」が絡み合う。

「報道やドキュメンタリーによっては、制作者側が撮ることの暴力性に対して麻痺してしまったものや、直線的な一つの物語に当てはめていこうとする横暴さのあるものもある。何かをパッケージにするとき、大多数の支持が受けやすい感情の物語にしようとするバイアスをかけていくし、私もそうすることがもちろんあります。映画の中にある『もう一拍、(妻が死んだ場所で)拝んでいる間を長くしてください』とか、物語を作る人間のある意味での御都合主義的な、傲慢のようなもの。それを撮る側の私も敏感に感じていて、それを表現をしました」

ここで筆者が連想したのが、森達也監督のドキュメンタリー映画『FAKE』(2016)。佐村河内守氏をバラエティー特番に担ぎ出そうと「誠意」をもって直接交渉するも出演叶わず、出来上がった番組では、交渉時の言葉とはまったく違う内容になっていた。幸夫の特番は、まるであのテレビスタッフが制作したかのような気がしてしまった。

「『FAKE』に登場する某テレビ局の方々は、絵に描いたようで面白かったです。逆に現実がここまでデフォルメされたものであるとはびっくり。ドキュメンタリーは嘘をつく。それは当たり前のことですけど、取材者と被取材者とのあいだの思惑の齟齬や、演出の欺瞞みたいなものは必ずついて回るものだと思います。ドキュメンタリーの製作を私があまりやらないのは、そういった被写体との信頼関係のズレのような精神的負担に面と向かう勇気がないから。嘘を演じる意図のない生身の人にカメラを向ける怖さ。絶対的優位な立場に立って、演出意図の真相は明かさないまま突っ込んでいく。それはフィクションを撮るのとはまったく違う覚悟、そしてそれを自分自身に常に問い続けなければならない辛さがある。それを請け負いながらモノを作って行くという器量が私にはないんです」

妻の遺骨を持っていても、霊柩車の中では人前を気にして前髪を直してしまう幸夫。何の躊躇もなくカメラの前で泣ける陽一。そんな二人が交流を深めていく中で、幸夫は少しずつ変化していくが、後半になってもその“癖”は簡単に抜け切らない。吃音の学芸員(山田真歩)の登場場面。幸夫のドキュメンタリー番組を観た感想を、たどたどしくも熱心に伝えようとする姿。そのピュアさを前に、幸夫がとったある行動が、彼という人間を体現している。

「学芸員は、持って生まれたものと向き合って、ここまで生きてきた。彼女が人生の中で身につけた強さを表現していて、陽一同様、幸夫とは対極なキャラクター。名前ですら引っかかっている脆弱な幸夫は、学芸員と接する際も、身体の強ばるような緊張感を持ってしまう。でも陽一は、そこを飛び越えて人間関係を築ける強さがある。これは私自身にも言えるのですが、誰もが人とは違う部分を持っているけど、コミュニケーションをとるとき、そのズレが大きいと身構えてしまう。日本の社会はいろんな部分が住み分けられ過ぎていて、ありとあらゆる人との交流の機会が少なくなってきた。そういう現代人のハートの脆さが、あの場面にはあるのではないでしょうか」

さまざまな出来事を経験する幸夫が言う、「頼むから自分の幸せの尺度でものを言わないでくれ」という言葉。その感触が、この映画の印象になるのではないだろうか。

「あの台詞は本木さんも『すごくよく分かる』とおっしゃってくださいました。いろんな違和感、ズレをみんな多かれ少なかれ感じて生きている。多くの人はそのズレを押しつぶして生きているのかもしれない。そういった部分も含めて、この物語は実は誰もが心当たりを持っているものだと思います」

映画『永い言い訳』は2016年10月14日より全国公開
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田辺 ユウキ
田辺 ユウキ
1979年生まれ。関西を拠点に映画評論家としてレビューやインタビューの執筆ほか、また映画と音楽のプロモーターも務める。2014年に大阪市映像事業「CO2」プロデューサー就任。「大森靖子映画祭」「いずこねこ 最後の猫トーク」などイベント企画も行う。