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1998年に29歳の若さでこの世を去った将棋界の怪童・村山聖(さとし)さんの晩年を描いた、映画『聖の青春』(2016年11月19日公開)。大崎善生の原作を映画化した本作は、幼い頃から難病に苦しみながらも、命を削って将棋と向き合い、そしてライバル・羽生善治と死闘を繰り広げた勝負師の姿に迫っている。

メガホンをとったのは、『ひゃくはち』『宇宙兄弟』の森義隆監督。企画が動き出したのは、2008年。8年がかりで、制作・公開にまでこぎつけた。森監督は「8年前の僕は、死をすごく恐れるタイプの人間でした。そのとき、時間がないという宿命の中で生きた村山さんのことを考え、『自分は彼のようには生きられない』と思ったんです。死を追求したい、という気持ちに駆られました」と企画開始時の胸中を振り返る。

特にポイントの一つになったのが、脚本家・向井康介の存在だ。企画当初、森監督は29歳。村山さんが亡くなった年齢に達していた。そして、同時期に森監督は同い年の友人を亡くしていたという。「29歳で死ぬこと」の無念さについて、「向井さんならその意味を掘り下げてくれるのではないか」という思いが浮かんだそうだ。

「向井さんは、自分と同世代。向井さんが脚本をよく手がけている山下敦弘監督の作品も昔から意識していたので、いつか一緒にお仕事をしたかった。ただ、(作風に関しては)タイプ的には一緒のようで、真逆。あるインタビュー記事で、向井さんが泣ける映画を3本挙げて、『振り回される人々に共感できる』とおっしゃっていました。この映画の表現として、それが絶対必要だと感じたんです。村山さんは、いろんな人をすごく振り回す。なぜこんなに人を振り回して、傷つけ、相手の魂をぶん殴り、しかし人として愛されたのか。もし僕だけがホンを考えていたら、そんな村山さんの人物像ばかりに入り込んでいったはず。ただ向井さんは、振り回される側の人間、村山さんの弟弟子・江川の目線に意識を持っていった。江川をきっちりと描くことで、村山さんの人間像と観客を繋げられたんです」

そして特筆すべきは、松山ケンイチ演じる村山聖と、東出昌大演じる羽生善治の最後の対局場面。史実は、羽生さんが村山さんに勝利する。冷静沈着な羽生さんは顔色を変えなかったという。しかし、この映画の中身は少し違う。

「本作は村山さんの周辺、そして羽生さんにも何度もお話を聞いて、作り上げました。しかし最後の対局は、松山君、東出君には『カットは絶対にかけないし、勝敗も実際とは逆になって良い』とまで言いました。それくらいの斬り合いを撮りたかった。実際の羽生さんは表情を変えなかったそうですが、東出君の芝居の中で巻き起こった感情は、決して当時の羽生さんの内面になかったものではないはず。あの表情は、映画としての狙いがあったんです」

森監督は、もともとドキュメンタリーの制作者だ。村山さん、羽生さんらの事実をなぞりながらも、最後の対局場面は、映画として役者たちが浮かび上がらせた“リアル”を余すことなく撮りあげた。

「あの対局は、撮影終盤に撮ったものです。そこに至るまでの準備が、30日以上あった。松山君には村山さんが、東出君には羽生さんが入り込んでいる状態。混沌としていても良いから、彼らの魂の燃える瞬間の本物を撮らなきゃいけないと思っていた。そこで選択したのが、長回しでした。方法論としてはすごく勇気が必要でした。松山君、東出君の能力によって成功に導いてもらえました。こちらの想像を乗り越えたものを体験させてくれた。本当の勝負を見ることができたんです。あのシーンは、二度と撮れません。もしまたクライマックスシーンを撮るなら、8年かけてやり直さなければなりません」

映画『聖の青春』は2016年11月19日より全国公開
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田辺 ユウキ
田辺 ユウキ
1979年生まれ。関西を拠点に映画評論家としてレビューやインタビューの執筆ほか、また映画と音楽のプロモーターも務める。2014年に大阪市映像事業「CO2」プロデューサー就任。「大森靖子映画祭」「いずこねこ 最後の猫トーク」などイベント企画も行う。