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新しい時代の旗手として注目を浴びる最果タヒの詩集を、石橋静河、池松壮亮の主演で映画化した『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(公開中)。東京を舞台に、看護師とガールズバー店員を兼業する美香、そして工事現場で働いて何とか生活している慎二の偶然の出会いと発展を描く。未来への不安。社会への違和感。ロマンチックさと病みを絶妙のバランスで絡めとり、現代的な空気感を密封した物語だ。

監督を務めたのは、『舟を編む』『バンクーバーの朝日』などで知られる石井裕也。20代の頃から『ばけもの模様』『剥き出しにっぽん』『川の底からこんにちは』など同時代性を意識した鮮烈な社会論作品を生んできたが、今作はそんな石井裕也の見事な更新を印象づけられた。これぞ、私たちが求めていた「現代(いま)の物語」だ。

『川の底からこんにちは』のヒロインが抱く「中の下意識」から早7年。いろんな破綻をきたしたシステムの中、もはや下層でどうやって生きるか…が現実問題となっている。しかしこの映画は、それでもそんな息苦しさを救う唯一無比が「恋愛だ」というところが、石井監督作品としてはちょっと意外な着地点だ。

「確かに、そうだと思います。今回は、最果さんの(詩の)世界をそのまま物語にするのではなく、そこに響いた僕の感覚を足していきました。自分の内部の奥の方に手を突っ込み、引き出していった。その過程で照れ、衒(てら)い、羞恥心は剥落しました。だからすごく純度が高くて、恥ずかしいくらいのものが出てきた。でも、映画作家として本当に表現すべきことは、愛や夢、希望とか、実際に口に出したら鳥肌が立って気分が悪くなるようなものだけだと思っています。もはや手垢まみれになって、信じるに値しないものに成り下がった愛について、さらにもっと疑ってかかって、乗り越えていかなきゃいけない。今回の作品ではそういう考えを込めました」

印象的な台詞がある。それは美香の恋愛についての持論だ。「恋愛って、誰かの元カレだった人と誰かの元カノだった人が、くっついたり離れたりを性懲りもなく繰り返すこと」。恋愛に限らず、人/物を好きになっても、必ず自分より先に誰かが、その人/物には触れている。オリジナルなんてない。結局私たちは誰かの好きをコピーペーストして生きている。でも、相手を自分の色で少しでも染めたいという欲が備わっている以上、それは目を背けたくなる恋愛の事実ではないだろうか。

「『恋愛が完ぺきに素晴らしいものだ』と考えているなら、その人はちょっとおかしいと僕は以前思っていました。今はそこまでトガっていないけど、でもやっぱり疑念はあります。人を好きになる感情自体は素敵だと思うけど、先ほども話したように、まずはいろんなものを疑ってかかるべきだと思います。美香の言葉は、当たり前の事実。その疑念の上で、『じゃあ、その先へと向かっていこう』ということ。つまり、あの台詞はポジティブな“dis(ディス)”なんです。何かに対する疑いが、気持ちのモヤモヤに繋がる。それに目を背けて、『恋愛は素晴らしいものだ』と装丁するのは、結構危ういことだと思います。疑念を乗り越えた先にしか本当の愛はない。そもそも、本当の愛なんてもの自体、分からないですけどね」

疑念と純粋さの狭間の愛を浴びて生きるのが、慎二の同僚である中年・岩下(田中哲司)だ。登場当初は自殺のムードをにおわせるキャラクターだが、通っているコンビニの若い女性店員に恋をして、毎日の活力をみなぎらせていく。生きることに挫けそうになり、生きることそのものに疑念があった。だけど、おじさんだってちゃんと恋をすれば頑張れるのだ。

「僕は今、33歳で、岩下の年齢におのずと近づいていっている。自分がおじさんの年齢になったからこそ、『若さとは何か』についても客観的に対象化して見ることができてきました。この映画のタイトルにもある『青色』の青は若さのことでもある。20代の頃は、若さがどこにあるのか分からなかった。でも今は、ちゃんと『ここにあるな』と感じられるようになってきた。おじさん(のキャラクター)も、親近感を持って描けるんです。今、自分はちょうどいい距離間にいるのかもしれません」

◇映画『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』は全国公開中
◇公式HPはこちら

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田辺 ユウキ
田辺 ユウキ
1979年生まれ。関西を拠点に映画評論家としてレビューやインタビューの執筆ほか、また映画と音楽のプロモーターも務める。2014年に大阪市映像事業「CO2」プロデューサー就任。「大森靖子映画祭」「いずこねこ 最後の猫トーク」などイベント企画も行う。