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俳優・水谷豊が、念願の映画監督デビューを飾った『TAP -THE LAST SHOW-』。若かりし日のステージでの失敗により、タップダンサー生命が絶たれた天才・渡真二郎。それから十数年、挫折から立ち直れない彼のもとに、ショーの演出依頼が舞い込んでくる。やがて渡は、自分が切り開けなかったタップダンサーとしての未来を、若者たちに託していく。

そんな本作について、渡役も務めた水谷監督、ダンス監修を担当した振付師・HIDEBOHにインタビューを行った。

23歳の頃からこの映画の企画を思い描いていたという、水谷監督。40年前というと、水谷監督の代表作のドラマ『熱中時代』で主演を務めていた頃。そういえば、同ドラマの『刑事編』のオープニングでは、タップダンスやパントマイムを思わせる動きを披露していた。水谷監督は、かなり早いときから、タップダンス的な動きを芝居に取り入れていたのではないだろうか。

「確かにそうですね。子どものとき、(チャールズ・)チャップリンが好きで、伝記を読んだりしていました。それからタップへの思い入れが強くなり、フレッド・アステア、ジーン・ケリー、ジンジャー・ロジャースのショーをリバイバルで見て、夢のような気分になったんです。きっとそのときの憧れが自分のなかにずっとあったから、あのドラマのときもそういう動きをやっていたのではないでしょうか」

水谷が目を輝かせた、タップダンスのショーの世界。ステージの上では、スポットライトを浴びて華やかに映るが、「現実はそう上手くはいかない」ということを、水谷監督はずっと描きたかったそうだ。実際にダンサーとして活躍するHIDEBOHも、「タップダンス1本で食べていくのは、日本では特に大変。タップダンスの世界は、活動できる場が少ない。たくさん練習して、ストイックにやっていても、どこで披露したら良いのかみんな悩んでいる。バイトをしながらの状況でもいいから、いつかプロとして踊りたいと願っています。オーディションのシーンがありますが、まさにあの状況。この映画のオーディションでも、かなりの数の参加者が殺到しました」と厳しい現実を口にする。

だからこそ、1度のチャンスを逃せない。映画の中で渡は、ある失敗を犯したダンサーを、「チャンスに『もう一度』はない」と厳しく突き離す。水谷監督も、「確かにチャンスは何度でも訪れるものではありません。それに、チャンスという言葉はとても良い響きに聞こえますが、チャンスが人を不幸にすることだってある。例えば、素晴らしい人と出会って、素晴らしい世界へ行けたとします。でも中には、すべて自分だけでやり遂げたように思ってしまう人がいる。そうすると、すぐに堕ちていくことになる。素晴らしい人と出会えたことが大事だったのに、『自分が素晴らしい』となってしまうから。これは、チャンスを手に入れてしまったがために、その残酷さに直面してしまうという例です。チャンスの捉え方も才能なんです」と実際にそういう出来事を目の当たりにしてきたという。

HIDEBOHも、「チャンスを意識し過ぎて、うまくいかないことがある。水谷監督は本作で、自分の足元をちゃんと見ることの大事さを教えてくれています」と、この物語に流れるメッセージについて語った。

数少ないチャンスをしっかり掴んで、自分の力を最大限まで高めることができれば、成功が近づく。しかし、自分一人の力だけでは、どうにもならない。映画の中では、各ダンサーが常にライバルの存在を意識し、切磋琢磨して練習に励んでいく。水谷監督も、長い俳優人生で、いつもライバルを意識していたという。

「いろんな年代を過ごしてくると、その時々で、様々なスタイルの役者が出てくる。自分に出来ないことをやっている人と出会うと、僕は嬉しく嫉妬するんです。嬉しく嫉妬すると、自分も次に向かわせてくれるんです。そのために、今でもいろんなものを見るようにしています。この映画には、嬉しく嫉妬させてくれる若い役者、ダンサーがたくさん出演しています。物語の構想を思いついたときは、自分自身がステージに上がり、パフォーマーとして踊ろうと思っていましたから。でも今、ようやくこうして映画を撮るという夢が手に入ったとき、もう踊れる年齢ではなくなっていた。しかし、踊らなくて良かったと思っています。今回、ヒデちゃん(HIDEBOH)に作ってもらった(ラストシーンの)ショウは、僕には出来ません。彼らだから出来た。もしこの映画をもっと若いときに作って、自分がダンサーの役をやっていたら、観る人をここまで別世界に連れて行くことはできなかっただろうと実感しています。だから、今撮れて本当に良かったです」

『TAP -THE LAST SHOW-』は全国公開中は全国公開中
◇公式HPはこちら

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田辺 ユウキ
田辺 ユウキ
1979年生まれ。関西を拠点に映画評論家としてレビューやインタビューの執筆ほか、また映画と音楽のプロモーターも務める。2014年に大阪市映像事業「CO2」プロデューサー就任。「大森靖子映画祭」「いずこねこ 最後の猫トーク」などイベント企画も行う。