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自分が「ヘンタイ」であることに
どう向き合えばいいのか?

今日はROLLYさんがいかにして『ロッキー・ホラー・ショー』という作品に関わってきたのかを聞きにきました。

ROLLY  わかりました。お答えしましょう。ただし、その質問に答えるには、かなり込み入ったことまで話さなくてはならないので、心して聞いてください。

はい。よろしくお願いします。

ROLLY  僕は、電器屋を営む寺西家の3人姉弟の末っ子として生まれました。ところが、もともとは4人兄姉だったんです。長男は、高度経済成長期の交通戦争の犠牲者とも言える人で、小学校にあがる前にコンクリートミキサー車に轢かれて亡くなったんです。それを目の前で目撃した僕の父親は、最愛の子であり、末は跡取りになるはずだった長男を突然失ってしまったのです。その辛さ、悲しさは、想像を絶するものだったと思います。
 兄のあとに生まれた子はふたりとも女の子でしたから、4人目に僕が生まれたときは、両親とも大変に喜んだそうです。そして必然的に僕は小さいころから「寺西家の跡取り」になることを期待されて育ちました。
 そして、本人もその期待に応えようという気持ちはありつつも、物心つくころになると、「いつか誰かが僕を迎えにきてくれる」という妄想を抱くようになっていました。大阪府高槻市の電器屋さんではない、別の世界が僕を待ち受けているんだと。

女の子がよく、「いつか白馬に乗った王子様が…」と憧れを抱くのに似ている気がしますね?

ROLLY  家にいたのが、女性ばかりでしたから、その影響もあるのかもしれません。母親を筆頭にふたりの姉と婆や、それから住み込みで働いている従業員の人たちもほとんどが女性でした。お風呂だって、従業員のおねえさんと普通に入っていました。

 ですから小さいころからの僕の憧れのスターは、マレーネ・ディートリッヒ、グレタ・ガルボ、マリリン・モンローといったハリウッドの名女優でした。ある日、映画雑誌(たぶん『ロードショー』か『近代映画』だったと思います)に載っているグラビア写真に心惹かれた僕は、タンスから引っ張り出してきたブラジャーとパンティを身につけ、化粧をして鏡の前でポーズをとってみたんです。まだ3歳くらいの幼さでしたが、それがとてつもない背徳的な行為であることは理解していました。だからこそ、心はハイになって、恍惚とした気分になったのを覚えています。

 ところが、それを婆やに発見されましてね。さらに悪いことに、家族会議で「もう2度とこういうことをしてはいけない」と説教されているところを上の姉に見られてしまったのです。以後、僕は姉に頭があがらなくなり、おやつの時間に僕の分を搾取されても文句ひとつ言えない身分になってしまいました。少しでも不平を言おうものなら、家の窓を開けて「ウチの一雄はヘンタイです!」と言いふらされてしまうのですから。

初めてのバンド体験
「ザ・ヤンチャーズ」

幼少時のROLLYさんが「いつか誰かが迎えにきてくれる」という妄想を抱くようになった気持ちが、少しわかったように思います。

ROLLY  このまま姉に弱味を握られ、一生涯ゆすられる日々が続くと思うと、「生まれてこなければよかった」とさえ思うようになりました。
 とはいえ、楽しいことがまったくなかったわけではありません。
 僕の母親の弟、つまり叔父さんは我が家の電器屋さんで働いていたんですが、その中の従業員さんの一人と恋愛結婚をしまして、敬之という従弟が生まれたんです。後にデビューし、日本に知らない人はいないであろう槇原敬之くん、その人です。

 彼はずっと僕の家の中で遊んでいましたから、上の姉(「一雄はヘンタイ」という秘密を握る憎き姉)がリーダーになって、チャイルドバンド「ザ・ヤンチャーズ」を結成したときもメンバーに入れられました(担当楽器はカスタネットやトライアングルなど)。もちろん、僕に断る権利は与えられていませんでしたから、僕もウクレレ奏者としてメンバーに加えられていました。
 それが、生まれて初めてのバンド体験。音楽は、言葉をしゃべる以前から大好きで、辛い思いをしたときの唯一の救いでした。学校でいじめられたときも、家の中で姉に奴隷のようにこき使われたときも。

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