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『ロッキー・ホラー・ショー』に
僕の人生の答えを見つけた

そんなROLLYさんが本格的に音楽にのめり込んでいくのは、いつごろでしたか?

ROLLY  中学生になってからです。特に初期のクイーンが大好きで。フレディ・マーキュリーというと、ヒゲに短髪のマッチョなスタイルを思い浮かべる人が多いかもしれないけれど、初期のころは髪も長かったし、衣装もグラマラスでメイクもしていました。当時のロックシーンにはグラムロックというジャンルがあったくらいで、中性的なファッションに身を包むミュージシャンがたくさんいたんです。
 僕の中で彼らに対する憧れが芽生え、本格的にギターをはじめてバンドを組むようになりました。
 でも、まだ『ロッキー・ホラー・ショー』には出会っていません。この作品を初めて観たのは高校3年生のとき、家から電車で30分くらいのところにある、淡路駅前の三番館で上映された映画化作品を観たことにさかのぼります。
 三番館とは、ロードショー公開からだいぶ時間がたった映画を三本立てで上映する映画館のことで、小さな映画館でしたが『ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間』、『レッド・ツェッペリン狂熱のライヴ』、『ラスト・ワルツ』の三本立てみたいなすごいプログラムを組むことがあって、そんな日は必ずその映画館に駆けつけていました。そしてある日、『ファントム・オブ・パラダイス』、『地球に落ちて来た男』とともに上映されたのが『ロッキー・ホラー・ショー』でした。
 とにかく、衝撃を受けました。ロンドンで初演された、オリジナルキャストを中心に撮影されたその映画には、当時の僕が知っている俳優は一人も登場しなかったけれども、バイセクシャルで女装のマッドサイエンティスト、フランク・フルター博士が登場するシーンには、心から感動させられました。この映画の中では、「ヘンタイ」であることが美徳として肯定されている。しかも、ミュージカル劇なのに扱われている音楽のジャンルは大好きなロック。以上の要素から僕は、この作品が自分のために作られたもののように感じて心から共鳴したのです。

 そう、姉に「一雄はヘンタイ」と言いふらされてもいいじゃないか。『ロッキー・ホラー・ショー』の世界観の中に入れば、フランク・フルターのようにありのままに生きることができる。「いつか誰かが迎えにきてくれる」という妄想の「誰か」を僕は『ロッキー・ホラー・ショー』という作品の中に見つけたわけです。

僕がいかにして
フランク・フルターになったか

つまり、『ロッキー・ホラー・ショー』のフランク・フルターになることが、ROLLYさんの人生の目標になったわけですね?

ROLLY  それは、僕を奴隷のように支配してきた姉の呪縛から逃れる、たったひとつの手段のように思えました。
 高校時代の僕は、姉がリーダーをつとめる「ザ・ヤンチャーズ」をとっくに脱退して、「猟奇納骨堂」という自身のバンドで独自の活動を始めていました。ポスターカラーで髪を紫色に染めてメイクをしてステージに立ったり、アメリカの秘密結社クー・クラックス・クラン(KKK)のような頭巾をかぶったりして、試行錯誤をしていました。

 結局、「自分がフランク・フルターになる」という夢が実現するまでには、初めて映画を観た高校3年生のときから数えて10数年に及ぶ年月が流れてしまうわけですが、その間、そのことを決して忘れていたわけではありません。「すかんち(SCANCH)」でバンドデビューしたときには、ステージ衣装やメイクはフランク・フルターを意識していましたし、『ROLLY HORROR SHOW』という曲も作っていたくらいです。
 そして、時は1993年になりました。僕は、中野サンプラザで上演される『ロックオペラ「HAMLET(ハムレット)」』という舞台に出演する機会をいただいたんです。
 主演のハムレットはX JAPANのToshlさんで、ほかには山本リンダさんや聖飢魔Ⅱのデーモン小暮閣下も出演していました。その中で、一曲だけ僕がソロで歌う曲がありました。「人生なんて屁のようなもの」という歌なんですが、音楽監督の加藤和彦さんはたいへん度量の広い方で、「あなたはロックミュージシャンなんだから、自由に演じなさい」と言ってくださったんです。そこで僕は、曲をロック調ではなく、あえてシャンソン風に解釈して、優雅な女性になりきってその歌をうたったんです。

 そんな僕の姿を密かに評価してくださったのが、ショービジネスの世界ではその名を知らない人はいないという名プロデューサーの草刈清子さんという方でした。その気配を敏感にキャッチした僕は、草刈さんがトイレなどで席をはずすたびにその後を尾行し、偶然出会ったかのような体で彼女に自分をアピールしました。
「ハムレットに出演できて、とても光栄です。でも、僕にはひとつだけ夢がありまして、それは『ロッキー・ホラー・ショー』でフランク・フルターを演じることなんです」と。
 その後、「今度、パルコ劇場で『ロッキー・ホラー・ショー』をやることになったんだけど、あなたの夢をかなえてあげるわよ」と草刈さんから言われたのは、およそ1年後のことでした。

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