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男の役を演じることも、新鮮な学びの場だった

劇団という場を離れれば、自分の理想の表現をする場をあらたに求めなければなりません。どんな日々でしたか?

篠井  映像作品などは当然、男の役が主になりますから、請われるままにそれに挑戦していくしかありません。でも、これも僕にとってはいい勉強になりました。
 怖い超能力者の役とか、悪役とか、実にいろいろな役のオファーが来ましたけど、そのたびに自分の新たな面を教えていただくような体験でした。
 もちろん、女性の役が来るのを待っているだけでは何も始まりませんので、自主公演という形で一人芝居の舞台を企画し、世の人たちに「こんな女方がいてもいいですか?」とプレゼンすることも忘れませんでした。

演出家・脚本家の鈴木勝秀さんとの出会いは、篠井さんのそんな活動の中で起こったわけですね?

篠井  鈴勝ちゃんは、「『欲望という名の電車』のブランチをやりたい」と会うたびに言っている僕のことを面白がってくれて、出会ってからわりと早い時期にその企画を立ち上げてくれたんです。
 ところが、初日から1カ月前という段階になって、原作の著作権を管理している方からストップがかかって、急遽、別の作品に差し替えて上演するということになってしまいました。
 原作者のテネシー・ウィリアムズは1983年に亡くなっているんですが、この作品の上演に関して「女役を男が演じるなんてありえない」ということだったのでしょう。
 アメリカの方にとって、日本人の名前の男女の区別をすることはむずかしいことですから、ブランチに配役された僕が男であることに気づくのが遅れ、交渉する時間もない中で上演をあきらめざるを得なくなってしまったのです。このことは、新聞三紙に芸能欄ではなく、社会面に「文化摩擦」という見出しで報じられましたから、覚えている方もいらっしゃるかもしれません。
 その後、著作権者の理解を得られるまで説得を続け、ようやく上演することができたのは2001年のこと。企画が立ち上がってから、9年の時間が経っていました。

昔も今も、もっとも演じたいのはブランチ役

思わぬつまずきがあったとはいえ、『欲望という名の電車』のブランチを演じるという夢がかなったときのお気持ちは、どうでしたか?

篠井  とにかく、うれしかった。『欲望という名の電車』という作品が僕にとって、いちばん好きな作品であり、ブランチという役がいちばん演じたい役なんだってことを再確認しました。
 そのことは、今でも変わっていません。「どんな役を演じてみたいですか?」と聞かれれば、「『欲望という名の電車』のブランチです」と答えるしかない。
 とはいえ、それを実現するには「篠井の演じるブランチを観たい」というお客さんがいて、それを支えてくれる演出家やプロデューサー、スタッフや共演者の方々がいなければ成り立ちません。
 そう考えてみると、2001年のあとに2003年、2007年とブランチを演じることができたのは、とても幸せなことだったと思うし、さらに2008年の『サド侯爵夫人』(三島由紀夫)、2009年の『サロメ』(オスカー・ワイルド)の上演を実現し、「女方ヒロイン三部作」の完成に手を貸してくれた鈴勝ちゃんには、どれだけ感謝してもし足りないと思っています。

2003年以降は、大谷亮介さんと深沢敦さんと演劇ユニット『3軒茶屋婦人会』を結成し、「女方」の3人芝居を不定期で行っている篠井さんですが、これも「こんな女を演じたい」というプレゼンの意味があるのでしょうね?

篠井  ええ、そうです。2015年の『ス・ワ・ン』が6回目の公演になりましたが、作・演出として加わってくれたG2さんにも本当に感謝しています。

2011年には『天守物語』(演出・白井晃)、そして2017年には『グローリアス!』(演出・鈴木勝秀)でも女役として起用されていますね。

篠井  この2つの作品は、自分から「女役をやらせてください」と売り込んだわけではなく、あちら側からキャスティングしていただいた作品で、それはそれは光栄なことでした。それまで積み上げてきたことが形になった気がして、とてもうれしかったですね。

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