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年をとることのメリットとデメリット

篠井さんは、今年の12月で60歳になります。女方を演じるにあたって、年をとることはメリットでしょうか? それともデメリットでしょうか?

篠井  経験の蓄積が増えていくという意味では、メリットなんでしょうけど、現時点では正直なところ、デメリットのほうを強く感じています。
 というのも、僕が演じる女は日本舞踊や歌舞伎の所作を基本にしていますが、これをリアルな演劇の舞台に持っていくには、ある種の工夫が必要なんです。歌舞伎の女方は、普通の演劇の演技に比べて大きな動作をすることがあるし、衣装やお化粧も女性の特徴をオーバーに見せるようにできていますからね。

 そこで、歌舞伎の女方の要素をどんどん引き算していって、これ以上、削ぎ落とすものがないというところまで要素を絞っていくのが僕の女方の演じ方なんです。ですから、若いころ、少なくとも40代くらいまでは白いブラウスとスラックス姿で舞台に立つだけで「女」を演じることができました。舞台はお客さんが想像力を働かせて観るものですから、何も飾らなくても「女」を表現できるんです。
 ただ、それにはお客さんの想像力を手助けするための最低限の「美しさ」というものがなければダメで、50代に入ってからはさすがにキツくなってきました。
 そういう意味で、50代前半で演じた『天守物語』は、坂東玉三郎さんが演じて作られてきた富姫がお手本でした(もちろん、僕なりのリアルな女方を追求したつもりではありますが)。それから、『グローリアス!』はフローレンス・フォスター・ジェンキンズという実在の中年女性を主役にしたコメディでしたから、「美しさ」を前面に出さなくても無理なく演じられたという面があります。
 結局のところ、容姿の衰えというデメリットによって、女方のキャパシティはかなり制限されてしまうというのが正直なところ。
 しかも、50歳を過ぎてからは、セリフを覚えるのが遅くなりましたし、本番中にも次のセリフが出てこなくて冷や汗をかくという経験もするようになりました。若いころには間違ってもなかったことだけど、年をとってからは、舞台に立つのが怖くなりました。できることなら、怖いもの知らずだったころの自分に戻りたい(笑)。

怖いけど楽しみ。それが今の僕の気分

さて、そんな篠井さんですが、この7月に上演される『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル』で、過去のトラウマから薬物中毒になった主人公の青年の母親役、つまり「女」を演じられます。起用されたことを知ったときは、どんなお気持ちでしたか?

篠井  演出を担当するのが『3軒茶屋婦人会』の公演を一緒に手掛けてきたG2さんなので、とても心強いと感じましたが、実は、これまで演じてきた役の中で、もっともむずかしい役だとも思っています。
 まず、台本の設定上、僕が演じる主人公の母親・オデッサが39歳のアメリカ人であること、過去に薬物中毒になった経験を持っていること、ドラッグ中毒者たちが集まるSNSサイトの管理人をしていて、舞台の上にSNSのバーチャル空間を表現しなければならないことなど、どれをとっても僕の中に共通点もないし、活かすことのできる過去の経験がひとつもないんです。
 もちろん、実際に人を殺したことがなくても殺人者を演じるのが俳優の日常業務ですから、そういう状況はこれまで何度も経験してきたことなんですが、「こうすればいける」という手がかりのようなものがどんな役にもありました。ところが 今回は、それがまったく感じられない。さて、どうしましょう(笑)。
 ですから、今回ばかりは出たとこ勝負でぶつかっていくしかないと思っています。僕がいつも楽しみにしているのは、立ち稽古がはじまって、覚えてきたセリフが単なるセリフではなく、演じている登場人物の感情をともなって表れてくるとき。それがどんなものなのか、あらかじめ想像できるより、まったくわからないほうがスリリングだし、おもしろい。怖いけど楽しみ。そう感じている自分がいるのも事実です。

きっとお客さんの中にも、『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル』がどんなお芝居になるのか、楽しみにしている人は多いと思います。ところで、最後に今後のことについてお聞きします。篠井さんにとって、今後かなえたい夢は何ですか?

篠井  いちばんの夢は、僕が死んだとき、僕の作品を観たことのあるお客さんに「いい女方だったね」と思い出してもらえるような存在になることです。実際、僕の頭の中には物故した女方の役者さんたちの面影がつねにあって、そんな人たちに少しでも近づきたい。
 ただ、そうなるためにはもっとたくさんの舞台に立って、できるだけ多くのお客さんに僕の女方を観てもらなければいけません。そのためにはこれまで通り、人からオファーされるのを待っているだけではなく、やりたいことをやれる場を自分から積極的に作っていくしかないでしょう。年老いて、無様な姿になったとしても、「いい女方」と言ってもらえるならばそれでいい。できる限り、長く続けていきたいですね。

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