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900円のチケットを買ってメインデッキの展望台を目指した。エレベーター内は動き出すと天井のライトがカラフルに点灯する。外は柵があるため絶景とは言いがたいが、照明のおかげで束の間スペーシーなムードが楽しめる。

エレベーターの扉が開くと、青空に浮かぶ雲とビルの谷がパノラマになって広がった。高さ150メートルだから、身長約120メートルと言われるあの「シン・ゴジラ」よりも高い目線だ。

わしは、上京してから、10回引っ越しをした。その全てのすみかが、ここからは見える。練馬区、新宿区、板橋区……。

十代、東京でアイデンティティのようなものを探すのにやっきになっていたわし、二十代、標準語に染まったわし、三十代、人生がわかったような、ちょっといい気になっていたわし。そして今なお、迷走し続けるわし。東京タワーは、わしの全歴史を見ている電波塔。


地上150メートルの眺望。上京後、暮らしたことのある町を指差し確認。

ふと感動にもだえるような悲鳴が聞こえた。見ると、アジア系外国人の親子連れが、床が一部スケルトンになっている一角(空中に立っているようなスリルを味わえる)で「スケアリー!」と娘が、母が「テイクピクチャー!」といいながらスマホを構え、息子が「オーマイガー」と言いながら飛び跳ねている。

わしの視線に気がつくと、カモンとジェスチャーする。やけに人懐こい。親子連れに引きずられるようにスケルトンの上に立たされた。ひええええええ! うろたえた。

透き通る床の下には、150メートル下の下界があった。人も車も小さく見える。落ちる。落ちたら死ぬ。


メインデッキにはガラス張りの「ルックダウンウィンドウ」がある。
足元を覗き込むとスリルを堪能できる。

背筋がひんやりと凍り体の力が抜けるようなスリル。わしの怯える様子に、親子連れは大はしゃぎ。悔しかったので、
「ブロークンしたらどうするの」
とでたらめを言うと、
「へっちゃらよ。割れたって、ほらちゃんと網があるもの」
「だから姉さんも僕らと一緒にジャンプしよ」
(↑というような日本語と英語まじりの会話)

異国からやってきた旅の親子とジャンプをしながら、わしは生きてる今を実感した。スリルと愉快が同時に来る。

数日前の夜。わしは大きなガラス窓から、東京タワーを見ていた。ロマンチックな夜景だった。片手にワイン、BGMはジャジーな生演奏……と言いたいところだが、現実は違った。

左手には点滴の管。座っているのは車いす。ドレスコードは、レンタルパジャマ。
聞こえるメロディは、自販機の低いブオーンという機械音だった。

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