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入院中、病院の窓から眺めた東京タワー(ガラス越しに撮影)。
どんなに小さくても、そこにあることが大事。

じぶんのほうがマシだ。ぜんぜんハッピーな急患だという優越感にひたったのも束の間、わしは、その場で入院決定を申し伝えられた。

「どこか痛いですか? 気持ち悪くはないですか? ちょっと様子を見ましょうね。大丈夫ですよ。何か欲しいものはありますか」
「み、みず……」
のどがなぜか戦場を駆け抜けたようにカラカラだった。
わしとシネシネ男はひょっとしたらともに戦っていたのかもしれない。

「今日はびっくりしちゃいましたね、大丈夫ですからね」
わしは薄目を開けた。ICUの人たちは美女揃いだった。地獄に女神だ。女神らの爽やかな微笑み、1秒もわしを不安にさせまいとする配慮をひしひしと感じた。顔面、岩壁化したわしは、目玉だけを動かしながら女神をうっとりと見つめた。

朝になった。
「今つながってるこれ、抗がん剤かい?」
3つあるベッドのICUのしきりの向こうからおじさんの声で目が覚めた。
あまりに軽やかながん、という響きがかえってリアルだった。術後の人のようだ。

「いいえ(笑)違いますよ。これはただの点滴」
「あ、そう? じゃ手術はうまくいったんだ。ガンじゃなかった?」
「先生が来たらお話がありますよ。寒くない?」
はぐらかすでもなく、率直でもなく、ちょうどいい癒やしをかもす女神。

「Aさん、あなたの笑顔は爽やかだなあ。あ、ごめん、セクハラじゃないよ」
「ふふ、大丈夫ですよ」
「あ、Bさんだ。今日もお世話になるね。なんだか1日ぶりなのに懐かしい感じ」
「ほんとですね」
「歯磨きしてくれるのはCさん?」

おじさんは、幾人もいる看護師の名前をちゃんと覚えていた。もの凄い女好きか、どのような場でも人との出会いを大事にできるずば抜けた記憶力の持主か。ちなみにわしはトイレも歯磨きも車いす(その理由は心拍数の乱れがあったため安全を期して)。

「車いす、乗り心地どうです?」
最高だった。院内を女神に押され、しゅんしゅん滑って進む。爽快だ。
「クララの気持ちです」
「あはは、ですよね。こんな機会ないですもんね」

そんなクララは、看護師さんが交代するたびに「ああ、なめろうの(患者さんですね)」という枕言葉でもって本人確認をされた。ナースセンターでは、通称「なめろうの人」。

丸3日入院したわしは、すっかり快復した。だけど気持ちは、おびえていた。元気な分だけ、病院という世界のリアルが見えはじめていたのだ。当たり前だけど、明るいばかりの場所じゃない。人間のエンディングの始まりの場でもある。

起き上がることも出来ず天井を見てるだけの人がいる。卒院後に暮らす施設が決まらないとうったえる人がいる。見舞いに来た夫に「一度どこかで会いましたね」という人もいる(考え方によっては「君の名は」的でちょっとロマンチック)。

ICUでともに戦ったお仲間たちは達者だろうか。病室で一緒になったおばあさんたちも。彼らはすべて、わし。そう思った。だから「生きてる」を実感したかった。娑婆に出たらまず行こうと見続けた心のシンボルが、東京タワーだった。

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