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          《幸せのために生きる?》

昔、幸せとは人それぞれで境界線が違うと、コラムを書いたことがある。
その当時は周りに幸せの種が溢れていて、感じるも感じないも自分次第
とばかりに、選びたい放題で、これからもずっとこんな状況で幸せを自
分の価値観で感じてゆくんだろうなと思っていた。

だが、今現在の私はそうではない。
震災があって、前を見失っているというわけではない。
震災が起きる前からこの状態である。

そもそも根本だが、幸せとは、人にとってどの様な存在なのだろう。
常日頃から幸せのために生きているのだろうか。

幸せは、突発的に、訪れたり、実感したり、気付いたり、再確認したり、
発見したり。そんなもので、『幸せになりたい』と願ってはいてもどこ
が幸せのゴールなのかというと、そんなもの感じたことがない。美味し
いもの食べて、うーーーん!!幸せ!と頂点に昇ることはあるけど。

やはり、”幸せと感じる出来事や分量は人によって時期によって違う”
のはかわらない。だけど何が幸せと感じるのか、記憶にあるものでは、
今の自分が感じなくなった時、幸せというものの存在自体が薄れる。

何かを失った時、今までの普通が幸せだったことに気付くことが多い。
だからって進んで何かを失うことは大体の人は望まないよね。

つまり、失うことを通過しなければ幸せは感じられないなんて、希望の
ないようなことは認識したくないもの。

では、仮に、失う事を選ぶのではなく、単に何気ない出来事を『この事
が幸せだ』とマインドコントロールをしてみた。実際本当にそのように
感じたりもするから面白い。

気の持ち様、と言ってしまえば、他人事なのであまり好きではないのだ
が、例えば、3月に起こった震災についても人それぞれ考えが違う。ど
れが正解でどれが不謹慎じゃなくてどれが偉いといった問題ではないと
思うが、見事に人によって捉え方が違う。

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ソニン
ソニン
1983年高知県生まれ。2000年歌手デビューし、2003年には「高校教師」(TBS)で女優の活動を開始。舞台や映画に活動の場を広げ、現在に至る。