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オーディションで、自分が受けた役とは違う役で再度受けるように言
われて、半ば混乱しながらも、受けたらその別の役で、オファーを受
けてしまった。

元々希望していた役にはどうやってもつけないということで、悩みに
悩んだが、結局その役を引き受けることに。稽古の時期が来た頃には、
気持ちを切り替えてその役に徹して励んでいた。つもりだった。

ある日、元々受けた役のシーンを見ている時に、急に辛くなって、あ
まりにも耐えられず、誰も見ていない裏に隠れて、思いのまま泣いた。
その時、「あぁ、わたし我慢していたんだなぁ。」と気付いた。

それから、なんだか気持ちが楽になり、与えられた自分の役により徹
することが出来たように思える。元々の役への思いが無くなったとか
ではなく、ちゃんと今与えられた役を愛せたという感じ。そして、元
々の役を見ながら、別の役もできて、この作品、この場所に居られて
いるという幸福感を感じていた。

役割というものには、それぞれ席が決まっている。会社、クラス、部
活。どこをとってもある意味、競争であり、選ばれるわけで。しかし、
その大きい組織に入ることすら、更なる人数の中からの選抜なわけな
のです。当然、悔しさや妬み、憎悪などが生まれるわけです。

正直そんなくだらないことする暇があれば、自分に与えられた環境で、
自分にフォーカスを向けてエネルギーを注いだほうが、幸せなんじゃ
ないかと強く思うのであります。

自分がやりたいこと、やれると思っていること、合っていると思って
いることが、”正解”ではないのかもしれない。他人が求めている、も
しくは、自分を見てる目が、違うことがあるのだ。

不思議なことに。自分の思いと他人の思いが逆なんて、なんて混乱す
る選択の境地なのだろう。これが合致するとどんなに楽なのだろうと
思うことが多々あります。自分の意志も曲げたくないし、でも他人か
らみた自分も新しい発見をもたらしてくれるに違いない。

どっち!?どうすれば!?と悩むことも多々。こう葛藤することもま
た修行で、結局はどっちを選んだとしても、同じようなことを学び同
じ道を進むのではないかと思うのです。なので、違う役割を与えられ
たこと自体に対して、疑問を感じるなど時間の無駄なのかもしれない
と。

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ソニン
ソニン
1983年高知県生まれ。2000年歌手デビューし、2003年には「高校教師」(TBS)で女優の活動を開始。舞台や映画に活動の場を広げ、現在に至る。