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「ヒマーラヤ山の南のふもとを流れるローヒニー河のほとりに、釈迦族の都カピラヴァスツがあった。その王、シュッドーダナ(浄飯)は、そこに城を築き、善政をしき、民衆は喜び従っていた。王の姓はゴーダマであった。
 妃、マーヤー(摩耶)夫人は同じ釈迦族の一族でコーリヤ族とよばれるデーヴァダハ城の姫で、王の従妹にあたっていた。

 結婚の後、ながく子に恵まれず、二十幾年の歳月の後、ある夜、白象が右わきから胎内に入る夢を見て懐妊した。王の一族をはじめ国民ひとしく指折り数えて王子の出生を待ちわびたが、臨月近く、妃は国の習慣に従って生家に帰ろうとし、その途中ルンビニー園に休息した。

 折りから春の陽はうららかに、アショーカの花はうるわしく咲きにおっていた。妃は右手をあげてその枝を手折ろうとし、そのせつなに王子を生んだ。天地は喜びの声をあげて母と子を祝福した。ときに四月八日であった。(仏教伝道協会発行『ブッダのおしえ「お経」のことば』より)」

 というわけで4月8日、私は文京区にある護国寺へと足を運んだ。ここでお釈迦様の生誕を祝う「灌仏会法要」、通称「花まつり」が行われていたからだ。私が護国寺の正門をくぐった時には、ちょうど稚児練供養(パレード)に向けて子供たちが表に出てきたところのようだった。
平安時代のような雅な装束に身を包んだ子供たちは、大体が3〜5歳くらいの未就学児。男の子は頭に烏帽子をのせ、女の子は金色の冠をかぶっており、顔にはおしろい、鼻筋に白い線、眉間の上の方に2つの黒い点が描かれている。「麻呂は〜」などと言いださんばかりのメイクだが、この黒い小さな眉毛みたいな点は「位星(くらいほし)」といって、実際、歌舞伎では位の高い人を現すために使われるメイクなのだそうだ。浮き世離れした様子は、どこかマジカルな雰囲気も漂う。

 とはいえ、そんなメイクを施された小さい子供たちのきょとんとした表情と、母親たちの携帯やデジイチを構え、我が子の晴れ姿を残そうとする真剣な眼差しは対照的で面白い。中には履いたばかりの足袋を脱ぎかけている少年もいる。そうかと思うと、プロ顔負けな笑顔やポーズを繰り出すちびっ子もいたりして、現代の花まつりは、宗教の行事の1つと言うより人生初のコスプレ行列と言った様相を呈しつつもある。
しかし、今のこのお腹の大きな私としては「この雰囲気はいかがなものか」なんて首をひねる気持ちよりも、「うんうん、そりゃそうだよねぇ」とお母さんたちの行動に共感する気持ちの方が大きい。そして、つい自分のお腹に視線を落とし手を当ててしまうのだ。

実際、この花まつりには、ブッダの生誕を祝うと言う主旨の他に、子供の健やかな成長を祈願するという意味もあるというから、その1ページをしっかり心とメモリーカードに焼きつけておこうとするのは決して的外れなことではないような気もする。

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諸岡 なほ子
諸岡 なほ子
福岡県大牟田市出身のタレントで、現在、一児の母。作詞家(MONA)としても活動。趣味は読書、散策、落語鑑賞、お祭見物&参加。世界遺産検定2級取得。TBS系「世界ふしぎ発見!」のミステリーハンター、MBS「住人十色」訪問者など多数出演。著書に『地球のどこかの秘境から』(実業之日本社)。
オフィシャルブログ http://ameblo.jp/nahoko/