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東京はまだ静かだ。年が改まり、キリッとした空気がそこらじゅうに残っている。

1月9日、私は八丁堀の駅から隅田川方向に歩いていた。目的地まであと1分程と言う所で、コンッと乾いた鼓の音や、ピーヒュルリと風に色を付けたような笛の音が聴こえてきた。
しかし、下調べによると今日の行事は11時からのはず。10時半にもならないのにお囃子が聴こえてくると、大事な所を見逃したんではないかと焦ってしまう。おまけに、鳥居を潜ろうと境内を見ると既に黒山の人だかり。ううっ。

でも大丈夫。人垣の真ん中に目を凝らすと、そこには滔々と水をたたえる水槽があり、大きな氷の柱が2本立っていた。見るからに冷たそうな水槽だが、この様子ならば、よし、まだ始まっていないらしい。
私は、人でごったがえす境内で、これから行われるスペクタクルを見るのにいいポジションを確保できる訳もなく、鳥居をすぐ背中に感じるその場所にそのまま身を置くことにした。

ところで、小倉百人一首にはこんな歌があったっけ。

「風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける」

楢の木の葉をそよそよと風が揺らす夕暮れには、既に秋の気配すら漂っているが、その足下を流れる小川で禊ぎの行をする人の姿こそが、 今がまだ夏だということを知らせているのだ、と。

橙色の夕焼けの逆光の中、水垢離を行う人のシルエットが浮かび上がる・・・そんな美しい情景が目に浮かぶよう。それこそが夏の証。そう、小川や滝壺で冷たい水によって禊ぎを行うと言うのは、普通に考えると山々が濃緑色に照り輝く夏の風物詩のはずなのだ。それがどういう訳か、寒風吹きすさぶ新春の大都会、東京都中央区の鉄砲洲稲荷神社で受け継がれている。

それこそが、私がこれから目の当たりにしようとしている「寒中水浴」だ。そして、境内の真ん中にある緑色の水槽はその舞台なのである。

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諸岡 なほ子
諸岡 なほ子
福岡県大牟田市出身のタレントで、現在、一児の母。作詞家(MONA)としても活動。趣味は読書、散策、落語鑑賞、お祭見物&参加。世界遺産検定2級取得。TBS系「世界ふしぎ発見!」のミステリーハンター、MBS「住人十色」訪問者など多数出演。著書に『地球のどこかの秘境から』(実業之日本社)。
オフィシャルブログ http://ameblo.jp/nahoko/