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朱の祇園守の紋の入った法被に着替えると、
自然と引き締まった気持ちになった。


それは子供の頃以来20数年ぶりに大蛇山祭りに参加させて頂くことになった私のために、三池藩大蛇山の方々がご用意して下さったもの。
身が引き締まるのも当然だ。

大蛇山巡行開始20分前に三池新町の弥剱神社前の駐車場に戻ると、そこには既に屈強そうな男衆がずらりとそろい、山を囲んで地域巡行への最終的な確認作業などが行われていた。

この大きな大蛇の首と尻尾と胴体をつけた山車が、最後の三池藩主・立花種恭公から下賜された御前山。

嘉永5年(1852年)というから、三池藩大蛇山の山車は150年以上も現役で活躍していることになる。離れた場所から見ていると、まるでそこだけ光が降っているように感じられた。

静かに人の輪の後方に連なると、私に関する予想外のことを耳にしてしまった。

その耳を疑ったまま、確認作業は終わり、男達がそれぞれのポジションに付き、合図とともに大蛇山は尻尾の方から駐車場の出口へとむかった。


ここにいる誰よりも長く地球上に存在している御前山は、柱や屋根をギシギシと軋ませながら重そうに身体を回転させ車道へと曳き出される。まるで最後の力を振り絞るかのようだ。

足元に目をやると木に鉄を打った車輪は、ターン時の重みでアスファルトに深さ4〜5センチの穴をあけている。どれだけ重いのだろう。
また、ダイナミックな大蛇山のシルエットに、九州、夏の午後5時の強い陽射しが見え隠れすると、実に猛々しく神々しい。ああ、祭りだ!


後方からは祗園樂というお囃子を担当する子供たちが元気よくやってきた。
振り返って見てみると、楽の子供衆だけでなく、山を曳く子供達も親に手を引かれながらゾロゾロと続いている。

私も御前山の随分前の方で訳も分からずロープを引いていた記憶が、鮮やかに蘇った。
ところが。今年の私ときたら、そんなことを懐かしむ余裕などない。

一昨年、久しぶりに大蛇山を見た時には、カメラを構え、ノスタルジーと共に堪能した。だけど、今年の私は三池藩大蛇山の一員に加えて頂くだけでなく、御前山にのせて頂くことになってしまったのだ。

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諸岡 なほ子
諸岡 なほ子
福岡県大牟田市出身のタレントで、現在、一児の母。作詞家(MONA)としても活動。趣味は読書、散策、落語鑑賞、お祭見物&参加。世界遺産検定2級取得。TBS系「世界ふしぎ発見!」のミステリーハンター、MBS「住人十色」訪問者など多数出演。著書に『地球のどこかの秘境から』(実業之日本社)。
オフィシャルブログ http://ameblo.jp/nahoko/