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 いーち、にーい、の掛け声とともに撞木(しゅもく)を後ろに引き、さーん、で更に強く引く。こうなると、鐘楼の屋根の下から撞木の後ろははみ出さんばかりだが、この反動に力を乗せ、それが大梵鐘にむかって勢い良く解き放たれた瞬間、グォーーーーーンと、力強い鐘の音が響き渡る。
 鐘楼のすぐ下にいると、痺れるような振動がダイレクトに身体のまん中に響いてくる。撞かれたあとにゆらーりと揺れる鐘。しばらく、そんな見慣れない光景に視線を泳がせながら、辺りの空気を振動させていた鐘の音が徐々に徐々に小さくなっていくのを聴いた。そして、その音がすっかり消えた時、凛とした、冬の澄んだ空気が現れた。

 平成24年が終わりかけている12月31日23時20分、私は芝増上寺の三解脱門の前にいた。それまでに走り抜けてきた大晦日の東京都心はどこもしーんと静まり返っていて、唯一東京タワーの赤い光だけが行灯のように都心に灯っていたが、その灯りを目印にやってきたこの芝増上寺の周辺は、驚くほどたくさんの人で賑わっていた。

 三つの煩悩(むさぼり、いかり、おろかさ)を解脱するという意味の三解脱門を、私は一番右の扉からくぐり、鐘楼へと向かう。しかし、境内には更に沢山の人が蠢いている上、参道の脇に陣取る露店からは美味しそうな匂いが漂ってくる。すぐに地酒を売っている店も見つけてしまった。108の煩悩を滅すると言われる除夜の鐘を恭しい気持ちで撞きにきたつもりなのに、たった今解脱したことになっている三つの煩悩さえも舞い戻ってきそうな誘惑。目移りと混雑で、まっすぐ歩くこともままならない。はっ、もしやこれも修行のひとつ?なんて険しい仏の道・・・などと、脳内独り言を呟きつつ境内を歩いた。


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諸岡 なほ子
諸岡 なほ子
福岡県大牟田市出身のタレントで、現在、一児の母。作詞家(MONA)としても活動。趣味は読書、散策、落語鑑賞、お祭見物&参加。世界遺産検定2級取得。TBS系「世界ふしぎ発見!」のミステリーハンター、MBS「住人十色」訪問者など多数出演。著書に『地球のどこかの秘境から』(実業之日本社)。
オフィシャルブログ http://ameblo.jp/nahoko/