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 今回、私が訪れたのは日本橋にある水天宮。テーマは帯祝い。帯祝いとは、地域によって多少異なるけれど、大体が妊娠五ヶ月の最初の戌の日に、妊婦がその里から送られてくる腹帯を巻き、母子の健康と安産を祈願するというもの。

 そう、実は今、私のお腹の中には小さな命が宿っていて、その命が無事にこの世に生まれてきてくれるようにと、安産祈願をしに伺ったのだ。帯祝いと言っても、私自身、自分が妊娠するまでは何も知らないに等しかった。しかし、妊娠が分かった途端、喜びと不安からありとあらゆる妊娠出産に関する情報をかき集めた。そう言った中で、帯祝いは私の「是非ともやっておきたいことリスト」に真っ先に追加されたもののひとつだった。・・・なんていう私の気持ちなど知るはずもないのに、妊娠4ヶ月の中頃、九州の母から電話が鳴った。「そろそろ戌の日やろ?腹帯、送ったがよかね?」と、さすが母。最近は、腹帯も妊婦自身で用意したり、神社で予めご祈祷されたものが売られていたりするため、実家に頼むかどうか迷っていたところだった。そこに、この電話だ。母も孫の誕生を楽しみにしていてくれるのだと言うことが伝わってきて、じわりと嬉しくなる。その電話から間もなく、腹帯がわりの使いやすいコルセットと妊婦用の巨大なショーツ2枚が、リボン付きのギフト包装で送られてきた。

 しかしこの妊婦の着帯という習俗、西洋はおろか近隣の中国や韓国にも似たような習慣はなく、現在の沖縄県でもほとんど見られないという。なのに日本の多くの地域では、妊娠すると今も腹帯(あるいはそれに準ずる、コルセットやガードルなど)をしようとする女性が少なくない。また、かつての帯祝いには、赤ちゃんを取り上げてもらう産婆さんとの交流を深めるような儀式が含まれることが多かったのだが、それは、お産が病院で管理されるようになった現代にも受け継がれている。例えば私がお世話になる産院でも、希望があれば5ヶ月の戌の日に看護師さんが着帯の指導をしてくれるのだ。消えて行った風習も多くある中、帯祝いが現代の医療の現場にまで入り込み、今も根強く残っているのはなんなんだろうか。ちょっと不思議なくらいである。

 ちなみに腹帯の起源は、神功皇后の故事にあるとされている。『古事記』『日本書紀』によれば、紀元後3世紀ごろ、朝鮮半島にある新羅征伐に行く際、神功皇后が出産しそうになったため、腹帯(裳)に小石をはさんで陣痛を鎮め、帰国後に元気な男の子(後の応神天皇)を出産したという。陣痛が始まってから海を渡って帰国だなんて現実にはとても難しいことだと思うが、これが腹帯のはじまりと言われている。そして帯祝いを戌の日としているところが多いのは、犬のお産が軽いことにあやかろうと言うものらしい。

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諸岡 なほ子
諸岡 なほ子
福岡県大牟田市出身のタレントで、現在、一児の母。作詞家(MONA)としても活動。趣味は読書、散策、落語鑑賞、お祭見物&参加。世界遺産検定2級取得。TBS系「世界ふしぎ発見!」のミステリーハンター、MBS「住人十色」訪問者など多数出演。著書に『地球のどこかの秘境から』(実業之日本社)。
オフィシャルブログ http://ameblo.jp/nahoko/