このエントリーをはてなブックマークに追加

 11月3日、浅草では東京時代祭が開催された。時代祭と言うと、京都の平安神宮を中心に行われている、豪華絢爛な仮装行列が良く知られているが、実はこの浅草でも江戸東京の歴史を描く時代祭が、平成元年から行われている。それで、コンビニに行って戻ってくるにも一苦労という大変な人垣ができていた。朝食をとりそこなった私にとっては中々ハードな1日の始まりだ。

 行列本隊の出発は50分後。更に、二天門から馬道通りを南下し、吾妻橋の交差点から今私のいる雷門の方へやってくるには10分か20分はかかるだろう。つまり、あと1時間は行列はやってこないはず。それなのに、路上は静かなる戦場だ。祭りの実行委員会が設置したと思われる白いピクニックシートが道路の両脇に敷き並べられているのだが、その上はもうほぼ満員。出遅れたつもりはなかったのだが、すっかり特等席をのがしてしまった私は、なんとかそのシートのすぐ後ろ、1列目に場所を確保。それでも時間が立つに連れて、私の脇からこっそり半歩前に出てしまうおばさま・・・シート、踏んでますけど・・・。

そんな刺客に攻め込まれながらの、立ちっぱなし数時間を思うと先が思いやられたが、まあ、寒い毎日の中、今日だけは小春日和になってくれたことがせめてもの救いか。

 そしてようやく、浅草寺幼稚園の園児たちに先導され、ぴーぴーひゃーららーぴーひゃららーという音とともにスカイツリーの足元から姿を見せたのは、金龍の舞。まだ雷門から遠く離れた場所にいると言うのに、来賓紹介などのアナウンスそっちのけで見物客たちは龍の姿を目で追っている。そうか、金色の龍こそが、金龍山浅草寺という山号の由来だった。観音様が漁師兄弟の手によって隅田川から引き揚げられた折、巨大な金色の龍がお堂に舞い降りてきて三日三晩観音様を守ったと伝えられている。まさに浅草の歴史の1ページ目を飾るに相応しい場面であり、奉納だ。

 なのに私は、密かに四川省で見た少女たちの龍の舞を思い出していた。中国で一番の実力を持つと言う彼女たちの、豊富な運動量とキレのある動き、そしてしなやかな龍のうねりを作り出す息の合わせ方は見事としか言いようがなかった。あの少女たちに比べると、目の前の男性たちが繰り広げる金龍の舞いは少々見劣りしてしまう。でも大陸とここ浅草で同様の龍の舞が行われているというのは面白いことだと思う。

The following two tabs change content below.
諸岡 なほ子
諸岡 なほ子
福岡県大牟田市出身のタレントで、現在、一児の母。作詞家(MONA)としても活動。趣味は読書、散策、落語鑑賞、お祭見物&参加。世界遺産検定2級取得。TBS系「世界ふしぎ発見!」のミステリーハンター、MBS「住人十色」訪問者など多数出演。著書に『地球のどこかの秘境から』(実業之日本社)。
オフィシャルブログ http://ameblo.jp/nahoko/