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2013年12月05日配信

前田敦子演じるヒロイン・タマ子が、大学を卒業して実家に転がり、仕事もせずただダラダラしている。ちょっとした考え方の変化、成長もあるにはあるが、しかし「ただそれだけ」と言えば、確かにそれだけでもある。でも、映画『もらとりあむタマ子』(公開中)はとにかく見どころが多くて相当おもしろい。メガホンをとった山下敦弘監督は、このところ『苦役列車』『マイ・バック・ページ』と公開規模の大きい大作が続いていたが、今回の『もらとりあむタマ子』からは、反動とまでは言わずとも肩の力が久々に抜けたようなリラックスムードが漂っている。山下監督が、自分のフィールドで生みだした物語のように感じる。



「このタマ子の女性像に関しては、僕の奥さんに近いものがあるんです(笑)。寝転がりながらDSで“桃鉄”をやっていたりする、そういう日常の姿とか。でもそういう無防備さは(一緒に暮らしている)相手を信頼しているから見せてくれるもので、特別でもあると思うんです。そういう表情を撮りたかった。たとえば僕自身、女性の寝顔なんかにはきゅんきゅんきますし。それはひとつのフェチズムなのかも知れません。まだ奥さんはこの映画を観ていませんが、ストーリーを知って『これって私のことじゃないの?』と言っているので、(観られるのが)少し怖いです(苦笑)」

タマ子はダラダラしているだけではなく、「ああ言えば、こう言う」というヒネくれた性格の持ち主でもある。中でも、父親から「就職活動はどうするんだ」と尋ねられたとき、タマ子が返す「少なくとも、今ではない」はある意味衝撃の名言として印象に刻まれる。その「健康的なダメさ加減」は、山下監督の初期作『どんてん生活』『ばかのハコ船』あたりに通じ、さらにその根底にある漫画家・いましろたかしの『ライトスタッフ』をはじめとする”いましろ初期作”のにおいも鼻をくすぐる。

「確かに、脚本家の向井(康介)と組むと、自分たちの原点でもあるいましろさんの漫画を自然と引用していることもありますね。あと、そういうダラっとした様子や、親からプレゼントをもらっても突っぱねるところなんかは、自分にも思い当たる節があって、せっかく親が気を使って何かを買ってきてくれたのに『返してきて』と言ってしまうタマ子は、『俺もそうだったな』と思いだしました」

派手なアクションがなくてもグッと見入らせるのは、主演・前田敦子の力も大きい。山下監督とは『苦役列車』で組み、それ以降は中田秀夫監督『クロユリ団地』、さらに日本での劇場公開は決まっていないがローマ国際映画祭で監督賞と技術貢献賞を受賞した黒沢清監督『Seventh Code』に出演。前田敦子がディープな映画好きであることはよく知られているが、一緒に仕事をした監督陣の顔ぶれを見ると、「映画を本当によく分かっている!」と思わずうなる。2007年、映画初出演となった市川準監督作『あしたの私の作り方』の頃から彼女の映画女優としての資質はズバ抜けていて、『DOCUMENTARY OF AKB48』シリーズでも「まさに主役」という他を圧倒する存在感を放っていたが、ここにきてさらに強度が増している。間違いなく「いま最高の女優のひとり」なのだ。

「タマ子のセリフは『んー』『ああー』とかが多くって、そういうのって役者は演じていて心配になるはずだし、僕たちも実は『大丈夫かな』と考えたりするのですが、前田さんはこちらをちゃんと信頼して演じてくれた。何より彼女は『勝手に生きている感じ』がするから、うまくいくんだと思います。猫のようにきまぐれでもあり、そこが魅力でもあり。先ほど話にあがった『少なくとも、今ではない』という台詞にしても、僕自身は『分かってるよ!』『コノヤロー』という親父を呪う気持ちで(笑)、結構“俺の本気”が詰まっているんです。そういう部分も、前田さんはしっかりつかんでくれました」

自宅を中心とした狭い空間、広くない行動範囲。その中で、映画的にどういうアクションを積み上げていくか。2013年は大根仁監督も『恋の渦』で4つの部屋だけを使った若者の恋愛群像劇を撮った。ともに“宅モノ映画”の傑作ではあるが、『恋の渦』は狭い空間のなかでびっしりと飛び交う言葉から剥ぎとられていく男女の本意といやらしさがあり、『もらとりあむタマ子』は言葉というよりも僅かな動きや仕草から漏れ出るその人の生活感と人間的な官能を受けとることができる。

「『もらとりあむタマ子』は映画では許されないことをいろいろやっています。例えば最初の場面なんかは、本来台詞で組み立てていくべきところなんです。でも、描写だけで表現していく。そのあたりも含めて、今回は自分にとって挑戦の多い作品になりました」



映画『もらとりあむタマ子』は全国公開中
◇公式HPはこちら



取材/写真・文 田辺ユウキ(映画評論家)


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田辺 ユウキ
田辺 ユウキ
1979年生まれ。関西を拠点に映画評論家としてレビューやインタビューの執筆ほか、また映画と音楽のプロモーターも務める。2014年に大阪市映像事業「CO2」プロデューサー就任。「大森靖子映画祭」「いずこねこ 最後の猫トーク」などイベント企画も行う。