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2013年04月23日配信

どんなにイケメンの俳優だって、カフェ店員だって、美容師だって、女性経験ゼロの少年時代は、溢れんばかりの妄想の海を泳いで生きていた(はず!)。『真夜中の弥次さん喜多さん』『少年メリケンサック』に続く、才人・宮藤官九郎の3本目となる映画監督作『中学生円山』は、エッチなことを中心に、大人になると失われてしまうようなド妄想の世界に浸る中学生男子・円山克也(平岡拓真)の日常を描く”クドカン流イマジン”だ。

男性の多くの共感を誘う円山の日常について、宮藤官九郎監督は「映画の中で彼は『自分以外の家族がみんな宇宙人だったら』とか想像を膨らませますが、僕自身もかつて、現実が退屈だったから、そういう妄想でバランスをとっていたんです。でも、そういう考えにとらわれはじめたとき、『自分はヘンな人間なのかな』と思い、さらに性的なモノへと変わって『何でこんなことを考えちゃうんだろう、どうして自分のアソコのことがこんなに好きなんだろう』って(笑)。学校の友だちにも言えずに悶々と抱えていました。大人は『スポーツで発散しろ』とか言うけど、そんなのは何ものにも代えられないですよね!」、そして現役中学生で思春期真っ盛りの平岡も「もちろん僕もいろんな妄想をすることがあります。でも、宮藤監督がおっしゃったように、そういうことを考えているのは自分だけだと思っていた。だから、『中学生円山』の台本を読んだとき、(妄想まみれの円山の姿を知って)安心しました」と笑顔で胸をなでおろす。

少年時代の男子というのは、何かとズボンをズリ下げがち(笑)。思い返せば、公衆の面前であっても、ワケもなく全裸になっている男の子がクラスにはひとりはいたのではないか。そう、あのころの”自分ワールド”は脱衣こそモラルだった。円山克也もまた、劇中では、女子の前だろうが何だろうが、何かと服を脱いでいる! 平岡拓真は「さすがに恥ずかしかったです」と振り返る。「でも、恥ずかしがっていたらスタッフさんに怒られたんです。宮藤監督からも『恥ずかしがっていることが、恥ずかしい!』と厳しく言われました。そこで吹っ切れました」と振り返る。だが当の宮藤官九郎監督は「まあ、もし自分が『やれ』と言われたら、できない役ですよね」と苦笑い。


男性は、年齢を重ねて恋愛や仕事の経験が増えるうちに、妄想力は失われ、ドライになっていく。一方で女性は、「メンヘラ」というワードが象徴するように、少女時代はどこかクールであっても、年齢とともに妄想力が膨らんでいく場合も少なくない。男女で逆転現象が起こるのだ。宮藤官九郎監督は「なるほど」とうなずく。

「確かにそうですよね。きっと男性は仕事、家庭など背負うものが大きくなって、夢をみる場合ではなくなるのかも知れません。逆に女性は、これはあくまで自分の勝手な想像ですけど、現実を知りすぎたがゆえに周りまわって『白馬の王子様が私を連れ去ってくれないか』となるのかも(笑)。ただ、この映画では『妄想することをやめるな、妄想することを信じろ』ということを伝えていますし、現実はこうあるべきだとか考えるのは生きていてもつまらないと思うんです。現実なんて大しておもしろくはないんだから。そんななか、円山克也は”ある行為”を達成するためだけに、妄想と特訓を重ねて生きている。それってすごくかっこいいことだと思いますよ」

円山克也の姿は、確かにバカバカしく映るだろう。でも、どこか切ない気持ちにも駆られる。それは、男が必ず通ってきた道程だから。女の子に触れるために、僕らはいろんなことを考えていた。すごくスリリングだった。この映画は、ルーティンワークになりがちな大人の日常に変化をもたらしてくれる。


映画『中学生円山』は2013年5月18日より公開
◇公式HPはこちら



取材/写真・文 田辺ユウキ(映画評論家)


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田辺 ユウキ
田辺 ユウキ
1979年生まれ。関西を拠点に映画評論家としてレビューやインタビューの執筆ほか、また映画と音楽のプロモーターも務める。2014年に大阪市映像事業「CO2」プロデューサー就任。「大森靖子映画祭」「いずこねこ 最後の猫トーク」などイベント企画も行う。