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2013年03月08日配信

2012年10月、突然の訃報に日本映画界が揺れた。『キャタピラー』『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』など、年齢を重ねてより精力的に映画作りに取り組み、若者からも熱い支持を集めていた若松孝二監督の死。若松監督の長年の想いがついに実現した、盟友・中上健次の原作の映画化『千年の愉楽』(2013年3月9日公開)は、図らずして「遺作」と呼ばれることになってしまった。だが本作は、若松監督のネクストステージを明らかに感じさせるすばらしい映画。現在進行形で語らなければならない物語である。

出演者の佐野史郎は若松組の古参的存在、井浦新は若松監督によって役者として才能が本格開花、高岡蒼佑は念願の若松組初参加である。

佐野「『千年の愉楽』は若松孝二監督のものすごい力を見せつけられる作品。何世代もの話なのに、変わることなく積み重なる風景、人物。普遍を映し出している。その詩情あふれる映像美と眼差しに大いに共感し、“映画を観る愉楽”がありました」

高岡「風景を大事にしていて、そのなかで人間が生きている。『これからも強く生きていきたい。いまをとにかく大事にしたい』と感じた。また、若松さんの世界観に入りこみ、(自分が)どう映るのかが楽しみだったのですが、“高岡蒼佑”ではない人間がちゃんと存在しているように思え、『風景にしっかり溶けこめていた』という喜びがありました」

井浦「高岡君はとても冷静に(若松映画のなかの)自分を見ることができていると思う。僕は毎回、冷静に見つめるこができない。若松映画の自分は自分なんだけど、そうじゃない。(自分が)あんなことをしている、こんなことをしている、また怒られるかも…という気持ちも交錯するし、たとえば『実録・連合赤軍』なんかは何かあるたびに観て『よっしゃ、明日も頑張ろう』という感覚にもなる。『千年の愉楽』もそうですが、若松監督映画はいろんな気持ちが混じり合って、冷静になれないんです」

三重県尾鷲市の集落、須賀利。この紀州の路地に生きる、男と女。動物的に互いのからだを欲し、子を産む。たとえそれが、配偶者がいようとも。この場所の命はそのように引き継がれ、美しい男たちは激しい運命に翻弄され、女たちは受け入れ、生と性を紡いでいく。濃く、深い「血の物語」が繰り広げられる。だが『千年の愉楽』で描かれている奔放な情愛、性関係を「モラル」で是非を問うのはナンセンス。隠された比喩を読み解き、本能的に生きること、衝動の大切さを感じなければならない。固定的なモノの見方、常識にとらわれてはいけない。自分らしさとは何か、どのように生を全うする。いびつさを排除する傾向にあるいまの世の中に、この映画は闘いを挑んでいる。

佐野「確かにいま、世の中はたくさんの矛盾を抱えている。選挙の投票率が下がったといっても、それが意思ある結果とは思えない。どうして良いかわからない状況なんですよね。選挙に行かなきゃダメ、原発撤廃という声は当然のことだけど、呼びかけたら答えるという当たり前のことすらできないのが、いまなんです。その危険性を若松監督は描いた。シンプルなことなんだけど、それが一番難しい」

高岡「人間のきれいな部分ばかりがクローズアップされることが多いですよね。だけど裏の部分、本当は見せなくても良い部分もたくさんあり、いまの時代だからこそ、それを知ってもらいたい。感じてもらいたい。きれいごとにしすぎちゃっている。そして『これは正しい、あれは間違っている』と決めつけすぎている。偏りすぎた考え、少数派か多数派か。何事もそうやって決めこんでしまうと、幅を狭めることになる。そして現実、そういう世の中になっている。そんな意味で『千年の愉楽』は、人間本来のあるべき考え方が流れている」

井浦「そう、そういう広がりが『千年の愉楽』にはある。僕自身は、社会がどうのこうのではなく、この映画を通して自分と向き合うことが必要だと感じています。差別、穢れ、路地、同和問題がワードとしてありますが、社会を照らすのではなく、映画館の暗闇で『作品と個人』の関係性にして欲しい。この映画は中上健次さんの原作を一気に飛び越えていて、時代設定と反比例するかのように電線が縦横無尽に張り巡らされ、エアコンの室外機があり、パイプがあり、神話を織り交ぜながら物語を紡いでいる。監督がこの『千年の愉楽』をすべて神話のモノとして考えていたならば、もしかしたらこれは“未来の路地”の姿なのかもしれない。監督の言葉を借りるなら『スクリーンに映っているものは、本当は存在しないのかもしれない。でもこれは映画であり、報道でもドキュメントでもない。だから捉え方は自由』ということ。観る人が『なんで?』と思っても、『なぜ』を突き詰めるのではなく、想像するべきなんです。人間の根本的な部分、つまり人間の想像力を監督は刺激している」


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“言葉”のかわりに映画を遺した。故・若松孝二監督

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田辺 ユウキ
田辺 ユウキ
1979年生まれ。関西を拠点に映画評論家としてレビューやインタビューの執筆ほか、また映画と音楽のプロモーターも務める。2014年に大阪市映像事業「CO2」プロデューサー就任。「大森靖子映画祭」「いずこねこ 最後の猫トーク」などイベント企画も行う。