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田中美里が告白!まだそこまで考えられる人はいない?「能登の花ヨメ」白羽弥仁監督、主演・田中美里さんインタビュー

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 東京で働くOLのみゆき(田中美里)は、交通事故で身動きが取れなくなった婚約者の母・松子(泉ピン子)のため、単身で震災のツメ跡が残る能登を訪れる。初めての土地で、はじめての嫁と姑が共同生活・・・うまく行くはずがない─映画詳細はこちら



―方言を披露できると思ってたのに

 田中さんは石川県金沢市出身。これまでは標準語がうまく喋れなくて、苦労したことも多かったというが、石川県が舞台の話と聞いて、石川弁を披露する機会が出来たと喜んでいたそう。しかし主人公のみゆきは、東京生まれ、東京育ちの役だった、
 「脚本を読むまで、地元の人を演じると思っていた。方言を喋れなくて、ガッカリ(笑)」と語る。


―多彩なキャストが揃う

 共演者は、姑・松子に泉ピン子、その友達フジばあちゃんに内海桂子、みゆきの夫に、伊丹十三の息子・池内万作、親せきの嫁に北島三郎の娘・上野香など多彩な面々が揃った。

 泉ピン子さんは、強くしっかりと生きる能登の女性を演じている。
 「能登の女性は働き者、それを表現するため、普段の泉ピン子とは異なるイメージを作ろうと、淡々と演じるように心がけてもらった」(白羽監督)
 内海桂子さん演じるフジばあちゃんは、嫁と姑との間に入り、助け舟を出してくれる優しいおばあちゃん。口数は少ない設定だ。しかし普段は、86歳とはとても思えないほど元気な人だそうで、
 「芸人魂が抑えきれないらしく、それが演技に出てしまうことが何度かあって、止めてもらおうとしたら、『このあたしに喋らさないのはイジメだよ』って言われました」(白羽監督)という。


―地元の祭りが20年ぶり開催

 2007年3月25日に発生した能登半島地震の半年後に撮影はスタートした。被災した直後というのに地元の人たちは、エキストラへの参加や、スタッフへの炊き出しなどで積極的に映画制作に関わってもらえたという。

 「最初は、受け入れてくれるか心配したが、撮影が始まると、すごく温かく迎えてくれた」(白羽監督)

 大きな灯篭を担ぐ、能登地方に伝わるキリコ祭り。撮影が行われた地域では、過疎化により担ぎ手がなく祭りは行われていなかったという。
 物語では、地域が結束し、地震の復興を遂げたあかしとして使われた。この場面の撮影のため、地元の人たちが協力して実際にキリコ祭りが行われたが、キリコが担がれたのは20年ぶりだったという。

 「撮影なのに、本当の祭りのように朝から酒を飲んで、楽しんでらっしゃった」(田中)

 また、田中さんが、白無垢姿で町中を練り歩くシーンがある。ストーリーの順に撮影が進められたということもあり、この頃の撮影では、地元の人たちとも互いに溶け込んでいたという。

 「町の人たちも嫁に出すような気持ちになってたんじゃないかな、私も嫁に行く気持ちになってました」(田中)
 (…次のページへつづく)


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