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26万部のベストセラー『悪夢のエレベーター』が映画化され現在公開中だ。本作の監督を務めた堀部圭亮さん、主演した内野聖陽さんに話をきいた。


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 エレベーターに閉じこめられてしまった男女4人。みんな事情をもった訳アリな面子。助けを呼ぶ手段もなく、不信感を募らせるなか、ついに事件がおきてしまう。扉の外では、さらなる悪夢が待ちうけていた…>>映画詳細はこちら




_堀部圭亮、監督デビュー

 監督・脚本の堀部圭亮さんは、かつてお笑いコンビ「K2」として活躍。現在は俳優や、放送作家としても活動している。今回、映画監督デビューとなった。

「僕は、基本は俳優だと思っているけど、映画に関わる一人として、全体に手を入れたものを一度つくってみたいなって思っていて。今回はその夢が叶いました。」(堀部)

 監督・堀部圭亮として内野さんは、

「堀部さんの手腕というか、芸風を知らなかったので、最初はどういう演技で迫ったらいいのか分からなかったですね。でも撮影に入ると、ビジョンがはっきりしていて、時には役者のそばにきて自分で演技してみせてくれたりして、それで、監督が求めているものが手に取るようにわかりました。」(内野)


_役者ならではのこだわり

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 物語は、エレベーターで展開する密室での芝居が中心だ。このためエレベーターのセットにはこだわり、4面の壁部分は細かに取り外しが可能で、床以外の全方向から撮影が出来るようにした。機動性を重視しながらも、エレベーターの密室を再現したかったからだ。そして、撮影でもこだわりがあったという。

「よくあるのは、役者が横に並んでいるという設定でも、アップの芝居など、カメラには映らないとき相手の役者さんは休んだりしているんだけど、今回の映画は、僕の場合は常に横にいました。」(内野)

「そう、凄いシリアスな表情の芝居でも、その視点の先にあるのは、助監督のグーだったりするんですよね(笑)。この映画は、映んないけどいてくださいって言いました。セットが窮屈で、中腰になっても顔だけは相手の横に近づけて(笑)。」(堀部)


_最もこだわったのは

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 俳優ならではのこだわりが遺憾なく発揮された撮影だったが、最も時間をかけたのは脚本だと語る。

「脚本にはかなり時間をかけました。原作にできるだけ忠実にやろうと。ミステリーなので、もしここでこれをやってしまったら、犯人がばれてしまうんじゃないかという場面がある。でも、それもちゃんと描こうと思いました。見終わったあとに『ここを描いていないからそりゃわかんないよ』って文句を言われないようにね。話を間引くことはせず、潔く全部見せようと思いました。」(堀部)

 内野さんは主演のオファーを受けたことについて、

「元々密室劇に興味がありました。極限状態に置かれた人はどうなっていくんだって。脚本を読んだときには、構成力が凄いって思いました。堀部さんが監督をされるんだって知って、面白そうだって思いました。」(内野)

 難しかったところは、

「大阪弁を喋らなくちゃいけない役なんですが、イントネーションだけまねてみたところで、表現するのは難しい。ぼけとつっこみ文化含めて勉強しました。そして、こういう芝居をしたいから、もっと乱暴に表現する言葉はないかって、聞くようにして、それを芝居に生かしていきました。あと難しかったのは、エレベーターの動きの芝居かな。さすがに床は動かないから、止まるときの重力のかかった時の動きは自分で動かないといけない(笑)。もう少しお金があったら、床にバネを仕込んだり出来たんだろうけど(笑)」


 堀部圭亮さん初監督、内野聖陽さんが主演した『悪夢のエレベーター』は、全国公開中だ。


◆堀部圭亮プロフィール
1966年、東京生まれ。86年「パワーズ」でデビュー。91年解散、その後、勝俣州和と「K2」を結成。現在は役者や構成作家などとしても活動する。

◆内野聖陽プロフィール
1968年、神奈川県生まれ。早稲田大学在学中に文学座研究所入所、97年に座員となり現在に至る。「街角」(93 NHK)でデビュー後、NHKテレビ小説「ふたりっ子」(95)で注目を集める。



[9月1日取材:大阪市内]
写真/文 羽渕比呂司

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羽渕 比呂司
羽渕 比呂司
 大阪ガス行動観察研究所社員