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2010年08月17日 配信

 わずか14人のスタッフ、12日間で撮影された『キャタピラー』(公開中)は、主演の寺島しのぶさんが、2010年のベルリン国際映画祭で銀熊賞・最優秀女優賞を獲得して大注目された。製作したのは独立プロダクション・若松プロダクションを率いる若松孝二監督。助監督時代に戦争の悲惨さを知り、いつか戦争を題材にした映画を作りたいと考えていたという。


(若松監督)
それまでは戦争のことなんて知らなかったけど、昔、助監督になったとき監督から「戦争の資料を集めろ」って言われて集めたのがきっかけで、戦争とは何か、沖縄戦とは何だったのか考えるようになったんです。

いよいよ脚本ができて、俳優が誰かと考えたとき、モンペの似合う女優といったら、寺島さんしかいないだろうって思ったんです(笑)。でもうちはメイキャップもいない現場だから、断られたらどうしようって思ったんだけど、快く引き受けてもらって、ラッキーって思いましたよ。これで良い映画がつくれるって自信がつきました。


 撮影は濃密なスケジュールで苛酷を極めたという。その衝撃的な内容もあって、寺島さんは、血尿やじんましんが出るなど、肉体的・精神的にもかなり消耗を強いられたという。


(寺島しのぶ)
撮影初日、いきなり本番いきましょうかって言われて。リハーサルがないんです。これが若松組なのかって思いました。一気にテンションを上げないといけないんです。撮影中はずっと過酷な状態が続きました。でも何とか成功させたいという気持ちでいっぱいでした。モンペを履いてそういう気持ちになっていたのかも(笑)。

若松組は14人で映画を作るんです。一人、4役も5役もこなしているんです。そんな現場は他にないです。何でこんな人数いるんだろっていうぐらい人がいたり、美味しいお弁当が食べられたり、甘やかされた現場からは考えられない。若松組の映画にかける情熱は凄いって、心が洗われる思い、豊かになれる現場を経験できました。このシンプルな現場で世界に認められる映画をつくっちゃうんですよね。


(若松監督)
僕には現場に行く前に組み立てられる能力があるんです(笑)。何ミリのレンズは何処の範囲まで入るとか、スクリーンにはどんな風に映るとか。寺島さんもびっくりしたと思う行けど、テストを何回もやるより、ぶっつけ本番でどんどん進めてゆく、その方が楽じゃないですか(笑)。


 物語は、変わり果てた姿となった負傷兵・久蔵(大西信満)が帰還してくることから始まる。久蔵は「軍神」と讃えられるが、その耳は何も聞えず、口は言葉を失っていた。妻のシゲ子(寺島しのぶ)は、久蔵を「銃後の妻の鑑」として献身的に世話をする毎日となった―。衝撃的、絶大なインパクトで、戦争とは何だったのかを訴えかける内容となっている。寺島しのぶさんは、この映画でベルリン国際映画祭で銀熊賞・最優秀女優賞を受賞した。これは日本人として35年ぶり、3人目の快挙となった。

(寺島しのぶ)
ほぼ二人の密室劇、役者に任されている責任は大きいと思いました。心の葛藤が表現できていなかったら、ダメだと思いました。大西くんとは演技のことでは喋ったことはないですね。同じ部屋にいても、たわいもない話ばかりしていました。あの体で帰ってきて、口がきけていたら、違う話になっていたでしょうね。喋れない、聞えない、見るしかできない。彼の存在はシゲ子の表現でしか生かされない。彼を存在させるという二人分の責任感は感じてやったつもりです。

(若松監督)
演技は寺島さんにまかせきり、殆ど何も言ってないです。映画は時間じゃないと思うけど、前回の映画(実録・連合赤軍 あさま山荘への道程、2007年)は3時間半あって、2回とか3回しか回転できず、劇場さんに迷惑かけたんで、今度は凝縮して1時間半。最後まで眠らないで見てくれたらいいなぁ。

僕は、自分で権利を全部持つというスタンスで映画を作ってきた。最初「芋虫」という題名にしようと思って、江戸川乱歩に同じタイトルの小説があるから、許可をもらいに話をしにいったら、「150万」って言われて、冗談じゃないよ、そんなの払えるかって言ったら、今度は「50万でいいよ」って言ってきて、バナナの叩き売りじゃないんだって(笑)、断ったんです。戦争から犠牲になって帰ってきたというのは参考にはしましたけど、内容がまるきり違いますからね。芋虫を英語でいうとキャタピラー、それでいこう!ってこのタイトルにしました。


(寺島しのぶ)
監督の想いが全面に出ているインディペンデントの映画、この賞を手にできたのもこの映画に参加できたおかげです。この賞は監督が下さったものだって思っています。この映画をやっと観てもらえる日がやってきました。受賞をきっかけに観てくれる人が増えてくれればいいなって思います。一人でも多くの人にみてもらいたいです。

銀熊ちゃんは、いつもは東京の自宅で、夫が日曜大工で作ってくれた本棚に飾ってあります。ちゃんと置けるように窪みがあって、照らすライトがあって、点けると銀熊ちゃんが浮かびあがるようにしてあるんです。


『キャタピラー』は、現在、全国公開中だ。


◇寺島しのぶ  1972年、京都府生まれ。父は歌舞伎役者の尾上菊五郎、母は富司純子。1992年、文学座に入団(1996年に退団)女優活動を開始する。2007年、フランス人のアートディレクター ローラン・グナシアと結婚している。

◇若松孝二  1936年、宮城県生まれ。1963年、ピンク映画『甘い罠』で監督デビュー。1965年、若松プロダクションを設立しこれまで30本以上の映画を監督している。



6月26日 大阪市内
取材/写真・文 羽渕比呂司

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羽渕 比呂司
羽渕 比呂司
 大阪ガス行動観察研究所社員