「インターネットは軍事用に開発された」
という間違った伝説
日本では一般的に、ウィンドウズ95が発売された1995年が「インターネット元年」だと言われていますが、研究者の間ではどのような状況だったのですか?
村井 1990年には、すでにほとんどの大学のコンピューターがネットワークにつながっていました。
ところで、インターネットの数ある伝説の中には、誤って伝わったものがいくつかあるんだけど、「ARPANETは軍事用に開発され、それが民間に転用された」というのはその最たるものです。その証拠に、軍が初めてインターネットの存在に注目したのは、1990~91年にかけての湾岸戦争のときです。砂漠で繰り広げられた戦線では、無線システムを含めた軍用のあらゆる通信技術が使用されましたが、それらはまったく役に立たず、最後までちゃんと機能したのはTCP/IPというインターネットの基礎技術を使ったネットワークでした。膨大な予算をかけて開発した通信技術より、タダに近いインターネットのほうが役に立ったんです。
そのとき、アメリカ軍の総司令官のノーマン・シュワルツコフは、インターネットがすごい技術だということに気づいて「禁輸にすべきだ」と言い出したんです。彼は、すでにインターネットが世界中に広まっていることを知らなかったんですね。
研究者をはじめとするインターネットコミュニティの中心メンバーは、これにすぐ反応して、ワシントンD.C.で開催されたINTEROPという国際会議にシュワルツコフを招きました。講演で気持ちよく話したあとの彼を囲むランチのテーブルには、僕を含めた何人かのコミュニティメンバーが出席して、「すでにインターネットは世界中に広がっていて、みんなが使っている」ということを伝えたんです。ステージの上ではなくランチの席を選んだのは、シュワルツコフに恥をかかせないように、それとなくその事実を伝えるためでした。
もし、ARPANETが最初から軍の独占技術だったとしたら、こんなことをする必要はまったくなかったでしょう。それどころか、すべてが軍の機密情報として扱われ、インターネットはそれこそ誰も知らないものになっていたはずです。
アドレスの枯渇問題、知的財産権問題など
危うい局面はいくつもあった
こういう話を聞くと、「インターネットはごく一部の研究者たちの草の根活動によって始まった」という伝説は正しい説なのか、間違った説なのかがわからなくなってきますね?
村井 いや、大筋では正しいんだと思います。ただし、勝手に広まっていったわけではなくて、やはり先ほどの国際会議のような働きかけは必要でした。例えば1992年に僕がインターネットの活動全体を統括するIAB(インターネット諮問委員会)のメンバーになった理由は、「世界中の人が使うことになったら、インターネットは動かなくなる」ということが明らかになったからです。
というのも、インターネットは端末のコンピューターの一つひとつにIPアドレスを割り当ててデータを送受信する機器を判別しています。当初、「これで充分」として設定されていたIPアドレスの数が、わずか20年間で足りなくなってしまったんです。そこで、IPv6といって、それまで32ビット(4バイト)だったアドレスを128ビット(16バイト)に拡張する方式にインターネットの仕組みを変えるための国際的な活動に加わったわけです。
IABの活動の中でもうひとつ、大きな出来事と言えるのは、インテレクチュアル・プロパティ(知的財産権)に関わる問題です。IPアドレスの枯渇問題はIPv6を採用することによって回避されましたが、www(ワールド・ワイド・ウェブ)によってインターネットがさらに広がり、民間企業が参入してくるようになると、URL(ユニフォーム・リソース・ロケーター)に自社の社名を入れようとしても、すでにそのURLが他の利用者によって取得されていたという問題が世界中で起こりました。
リアルな世界でこういう問題を扱うのは、スイスのジュネーブにある国連の専門機関のWIPO(World Intellectual Property Organization)というところ。世界中で誰もが知っているブランド名を知的財産として認めるよう、各国に呼びかけて国際間で調整するのがWIPOの役割です。ところが、インターネットの世界ではこれが通用しません。個人だろうが企業だろうが、URLはすべての利用者に平等に与えられているからです。国家や国連のような組織でも、そのことに口をはさむことはできません。そこで、企業はお金を払って個人からURLを譲ってもらったり、訴訟を起こして取り戻す(というか、「取り上げる」と言ったほうがいいのかな?)ということがあちこちで起こりました。
これは、インターネットという空間が国や企業でさえ影響を与えることができない空間だということを世界中の人が知った出来事でもありました。国家が集まっている地球上のリアルな世界と、インターネットによるバーチャルな世界との違いがはっきりと意識化されたわけです。













