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1890年エルトゥール号海難事故、1985年テヘラン邦人救出劇の渦中に置かれる日本人とトルコ人の姿を通して、誰かを助ける気持ち、真心について考えさせる映画『海難1890』。先日、本作の記者会見が行われ、出演の内野聖陽、忽那汐里、田中光敏監督が登壇した。

1890年、和歌山県樫野崎沖でオスマン帝国使節団を乗せたエルトゥール号が沈没・座礁。69名のトルコ人の命が救われたが、そのとき救出にあたったのが樫野崎地区の村人たち。暴風雨の中、決死の覚悟で乗組員を助け、さらに貧しい村でありながら、自分たちの生活も顧みず世話をした。
 それから95年後、イラン・イラクの停戦合意破棄のため戦火に陥ったテヘランで、日本に帰国できなくなった在留邦人たちのために、トルコがある決断を下す。

エルトゥール号海難事故編で、救助にあたる医師を演じた内野は「村の人たちは、国に『こうしろ』と言われたわけではなく、食料もない中で(トルコ人を)助けた。その心意気こそがこの映画の主役。日本の歴史はネガティブにとらえられることもあるけど、こういう時代もあったことを感じ取って欲しいです」と当時の人たちの行動力に賛辞を贈った。

エルトゥール号海難事故編では内野演じる医師の助手、テヘラン邦人救出劇ではテヘランで教師をしている日本女性の二役を担った忽那は「これまで実話に携わることがあまりなかったけど、今回やらせていただいて、他の作品とはまた違う思いがありました。実際の座礁現場で撮影をしましたが、背中がぞわぞわとして、ちゃんとこのお話を伝えたいという責任感がありました」と撮影時の意気込みを振り返った。

後半のトルコのシーンは現地で撮影され、忽那が訪れた。忽那は「トルコは、モスクが至るところにあり、食事もおいしく、イスタンブールは橋も渡ればアジアにたどり着く。しかも、(趣味である)レコード店巡りをして、東京買うときっと高いであろうレコードを30?40枚買いました」と撮影のオフにはトルコを満喫。

一方、日本で留守番だった内野は「情勢不安の中でちゃんと撮影ができるのかどうか、僕はヤキモキしていたのに、レコードを買ってまわっていたのか…」と苦笑いを浮かべた。

田中監督は「10年前に串本町長からお手紙をいただいて、このプロジェクトが始まりました。映画にするのは大変で、町のみなさんと一緒に積み上げていった。こんなに奇跡的で、大きな作品になるとは夢にも思わなかった。ぜひたくさんの方に観ていただきたいです」と感慨深そうに語った。

映画『海難1890』は全国公開中
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取材/文・写真 田辺ユウキ(映画評論家)

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田辺 ユウキ
田辺 ユウキ
1979年生まれ。関西を拠点に映画評論家としてレビューやインタビューの執筆ほか、また映画と音楽のプロモーターも務める。2014年に大阪市映像事業「CO2」プロデューサー就任。「大森靖子映画祭」「いずこねこ 最後の猫トーク」などイベント企画も行う。